第181話 静かな夜食
どれくらいの時間が流れただろうか。
「ん……」
ナナセが目を覚ますと、仮眠のつもりで横になったはずが、すっかり深く熟睡したあとの重さが残っていた。
ぼんやりと瞬きを繰り返していると、頭上から穏やかな声が落ちてくる。
「おはよ」
「……おはようございます」
ゆっくり顔を上げると、セレンはすでに目を覚まし、自分を優しく見つめていた。
「寝すぎました……」
ナナセは身体を起こし、サイドテーブルに置かれた時計を見る。
自分たちが思っていたよりも、ずっと長い時間が経っていた。
「俺もさっき起きたとこ」
セレンはそう言って、まだ少し眠そうに目元を擦りながらふわりと欠伸をした。
「何か食べなくて平気ですか?」
外からは、中央の庭園で催されている宴の音が、遠く地鳴りのように聞こえている。
夜通し続くような賑やかな宴は、今から向かっても十分に間に合うだろう。
「んー……」
セレンは少しだけ考える仕草を見せる。
「訓練所の談話室のほういこ」
「談話室ですか?」
「うん。行けば分かるよ」
そう言ってセレンはベッドから身体を起こすと、ナナセの手を自然に取った。
「ほら、起きよ」
「はい」
二人はそのまま静まり返った部屋を出ると、冷ややかな夜風が廊下を抜けていた。
「さむ……」
セレンが小さくぼやき、肩をすくめた。
寝起きの火照った身体には、夜の冷気が少し堪えるらしい。
ナナセはそんなセレンの手を握り返しながら、ゆっくりと訓練所へ向かった。
やがて目的の場所へ到着し、セレンが慣れた手つきで談話室の扉を開けると、
「おっ」
扉の向こうから、聞き慣れた声が響いた。
「……?」
中にいたのは、フィリスたちだった。
「お、来た」
ソファに腰掛けていたナギがこちらに気づいて目を向ける。
談話室の大きな机には、軽食や飲み物が並べられていた。
フィリスたちはそれぞれ酒のグラスを手に持ち、思い思いの体勢でくつろいでいる。
「皆さん、こちらにいたんですね」
「そうそう。あっちは騒がしすぎるからねー」
ナナセが少し驚いて尋ねると、フィリスが笑いながら答えた。
「人付き合いもめんどくさいし」
ナギも酒を口に含みながら続ける言葉を聞いて、ナナセも何となく納得した。
彼らの特別部隊という立場上、外の広大な宴に行けば、他のギルドからの挨拶や面倒な交流も避けられないのだろう。
それを煩わしく思って避ける彼らなら、この静かな談話室を選ぶのも分かる気がした。
「寝てたの?」
ソラトがセレンに視線を向ける。
「爆睡」
「はは、珍しい」
セレンは特に気にした様子もなく、空いている奥のソファへ向かって歩いた。
ナナセもその隣へそっと腰を下ろす。
セレンは机の上を眺めながら飲み物を探し、ふと果物が入った一つのコップへ手を伸ばした。
「ナナセはこれね」
注がれた果実ジュースを受け取りやすいように差し出してくる。
「ありがとうございます」
セレンはそのまま自分の分の食事を皿に取り分け、遅い夜食を食べ始めた。
ナナセも隣でジュースを一口含むと、甘酸っぱい果汁が喉を潤していく。
静かな談話室。
大広間の宴とは違って、こちらは酒を飲みながら時折ぽつりぽつりと会話が交わされる程度だ。
時折小さな笑い声も上がる。けれど、決して騒がしくはならない。
ナナセは心から安心して、セレンの隣へ身体を預けるように座り直した。
「こっちの方が、落ち着きますね」
そう呟くと、フィリスが嬉しそうに笑った。
「でしょ?」
「俺ら、こういう方が性に合ってるからね」
セレンも余計なことは何も言わず、ナナセの隣で静かに食事を続けている。
館の外ではまだ、交流戦を無事に終えた人々のにぎやかな宴が続いているのだろう。
けれど今夜の二人にとっては、この小さな談話室に流れる穏やかな静けさの方が、ずっと心地よかった。




