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星を抱くひと  作者: 飴目
第2章

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第18話 過去の残滓

数時間後。

夜が深まり、セレンの部屋の中はすっかり静まり返っていた。


セレンは机の上の書類を片付け、今はソファの近くの椅子に腰掛けて静かに本を読んでいた。

片手には、琥珀色の酒が入ったグラス。

ページをめくる小さな音だけが、静寂の中に響いていた。


そのとき――。


「……っ!!」

ナナセが、弾かれたように突然ガバッと勢いよく身体を起こした。


「!」

あまりの唐突さに、セレンが驚いて本から顔を上げる。


「どうかした?」

声をかけるが、ナナセは答えない。

灰色の目は開いている。けれど、焦点がどこにも合っていない。

まるで寝ぼけたまま、無意識に『何か』を確認し、探すように周囲を見渡している。


「……いえ……」

かすかな、掠れた声。


セレンは壁の時計へ視線を送った。


「まだ朝じゃないよ」

「……」


ナナセも誘導されるように時計へ目を向けた。

ぼんやりと文字盤を眺めてから、

「……そう、ですね……」

それだけ呟くと、糸が切れたように再び毛布の中へ身体を沈め、目を閉じた。

セレンはグラスを置くのも忘れ、しばらくその寝姿を見つめていた。


「……?」


何か違和感があった。単なる悪夢や浅い眠りとは違う、機械的な動き。

けれど眠気のせいだろうと思い直し、再び開いた本へ視線を落とした。


――それから、さらに時間が経った。

ナナセがまた、ふっと目を覚ます。

今度はゆっくりと上半身を起こし、周囲を見回すと、時計を見て再び毛布の中へ潜り込んだ。


――そして、さらに二時間ほど経過した頃。

「……」

三度目。

ナナセがパチッと目を開ける。

正確なタイミングで身体を起こし、周囲を見回して、時計を見る。

そして、何事もなかったかのようにまた眠りについた。


セレンは静かに本を閉じた。

壁の時計をじっと見つめる。


「……二時間」


最初に飛び起きた時間。

次に目を覚ました時間。

そして、今。


すべて、ほぼ正確に二時間という均等な間隔だった。


ナナセは毛布の中で、再び静かな寝息を立てている。

セレンは無言のまま、その小さな背中を見つめ続けた。


やがて――セレンの中で、バラバラだったピースが噛み合い、灰色の瞳が細められる。

「……監視魔法の巡回時間か」


ポツリと漏れ出た、独り言のような声。


第五部隊にいた頃。

ナナセは過酷な監視魔法の維持を担当させられていた。

一定時間ごとに魔力の展開を確認し、領域内を巡回する。

たとえ身体がどれほど悲鳴を上げていても。眠っていても。

決められた刻限には必ず起きて、異常がないか確認する。


その過酷な習慣が、肉体の奥深くに染み付いてしまっているのだ。

魔法を使わなくなっても。

契約者に命令されなくなっても。

身体だけが記憶を辿り、二時間おきに強制的に目を覚ます。


「……」


セレンは眠るナナセを見つめた。

毛布に包まれた顔は、いまはとても穏やかだ。


けれど――本人の意志とは無関係に、身体だけはいまだに『あの部隊での仕事』を忠実に続けている。

もう二度と、そんな義務を果たす必要などないはずなのに。

確認しなければ何が起こるのか、身体が強烈に覚えているのだ。


セレンはしばらく静寂の中で黙っていた。

そして、時計を見る。

次にナナセが目を覚ます『二時間後』の時間を、頭の中で静かに計算した。


「……」


閉じかけた本を、再び開く。

けれど今度は――ページの文字を追うことよりも。


ソファで眠るナナセの気配のほうが、ずっと気になっていた。

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