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星を抱くひと  作者: 飴目
第7章

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172/181

第172話 霧中

「……っ」


走っていたセレンが、唐突に足を止めた。

それまで鮮明に見えていた周囲の木々の輪郭が、目の前で突然白く霞んでいく。


霧だった。

しかし、ただの自然現象の霧ではない。明らかに何者かの手によって展開された呪術。


魔力を濃密に帯びた白い霧が、まるで地面の底から次々と湧き上がるようにして、あっという間に深い森全体を覆い尽くしていった。


ほんの一瞬のうちに、セレンの視界のほとんどが奪い去られる。


「……」


セレンは警戒を強め、周囲を鋭く見回した。

音も、敵の気配すらも、この濃い霧に吸い込まれるようにして紛れてしまっている。

敵が今どこに立ち、どこから狙っているのかが全く分からない。


セレンの身体から伝わってくる強い緊張感が、直に肌へ伝わってくる。


その時だった――。


「……!」


セレンの視界の完全な死角から、何かが凄まじい速度で伸びてきた。

セレンがそれに気づき、振り向こうとしたその瞬間。

彼の身体に強い衝撃が走る。


「っ……!」


その激しい反動と同時に、胸元のポケットから何かが外へと弾き出された。


「え……」


ナナセだった。

ポケットの中に納まっていた小さな身体が、浮力と衝撃でふわりと宙へ投げ出される。


「セレン、さん……?」


何が起きたのか分からず、驚いて振り返る。


けれど――。

そこにいるはずのセレンの姿は、すでにどこにもなかった。


「……え?」


彼の魔力も、存在を示す気配すらも一切感じられない。


ナナセは、その異常事態の正体をすぐに理解した。


夢魔法――。

相手の意識と身体をそのまま夢の世界の中へ閉じ込め、現実の動きを完全に封じ込める強力な精神拘束魔法。


セレンは、あの一瞬の奇襲でそれを受けてしまったのだ。


セレンだけが何処かへ連れ去られ、その場に取り残されたナナセは、夢魔法の発動時の反動で弾き出された勢いのまま、宙でうまく体勢を立て直すことができなかった。


ふわりと浮いた身体が、濃い霧の中をさらに遠くへと流されていく。


なんとかバランスをとろうと広げた羽に魔力を通し、身体の大きさを元の姿へと戻しながら、どさりと地面へ叩き落とされた。


「……っ、痛……」


ナナセは顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こす。

幸いなことに、骨が折れるような大きな怪我はない。


けれど――。

セレンとは完全に離れ離れになり、はぐれてしまった。


「……戻らないと」


ナナセは不安を押し殺し、必死に周囲を見回した。


こんな見通しのきかない場所に一人で佇んでいるのは危険だ。

まずはセレンを探すか、フィリスたちのいる場所まで戻って合流しなければ。


そう考えたナナセは、意識を研ぎ澄ませて魔力を集中させる。


周囲の状況を探るべく、広域の視界を得る遠視魔法を展開しようとした、まさにその時だった。


「……ナナセ?」


霧の奥から、不意に声が届いた。


ナナセの身体が、ぴたりと固まるように止まった。


聞き覚えのある、耳に嫌というほど残っている声。

忘れようとしても忘れられるはずもない声だった。


「……っ」


恐怖と衝撃で、喉が引きつるように小さく震えた。


ナナセは恐る恐る、ゆっくりと声のした方へ振り返った。


白く揺らめく霧の向こう側から、複数の足音とともに人影が現れる。


その先頭に立っていた人物の顔を認識した瞬間――。


ナナセの顔から、一気に血の気が引き失われていった。


「カネル、様……」


そこに立っていたのは、かつて自分を所有し使役していた男、カネル率いる第五部隊の姿だった。

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