第170話 交流戦
それから幾日か経ち、気が付けば交流戦当日になっていた。
その日の朝は、普段の穏やかな空気とはまるで違っていた。
森の一角には、交流戦のために魔術で整えられた戦地が広がり、木々を残しながらも地形が調整され、各所には結界や魔力標が配置されていた。
朝のうちから、他所のギルドが次々と到着し、多くの人の気配と魔力でざわめいている。
装備を念入りに確認する者。
仲間同士で最後の打ち合わせをする者。
顔見知りのギルドと軽く言葉を交わす者。
フィリスたちは、アルカのギルド隊長であるアスレイのいる集団たちから少し離れた場所に集まっていた。
他ギルドの代表者たちと歓談する輪の近くで、いつでも動けるよう待機している。
ナナセも、セレンのすぐ後ろに立っていた。
「……」
何となく、周りからの強い視線を感じる。
こちらを見ている人がいる。
それも、一人や二人ではない。
ナナセ自身も珍しい妖精ではある。
けれど、第五部隊にいた頃は目立つ場所にいることもなく、そもそもその存在すら周囲に知られていなかった。
それが今は違う。
アルカでも上位に位置する特別部隊の一員として、セレンのすぐ側にいる。
「アルカにあんな妖精が?……」
「あれがセレンさんが使役しはじめたっていう……」
そんな小さな囁き声が聞こえた気がした。
どうやら、他ギルドの間で話題になっているらしい。
セレンほどの実力者が、わざわざ使役妖精と契約した。
しかも、その妖精もかなり珍しい存在だという。
それだけでも、戦略を練る他ギルドからすれば目を引く話なのだろう。
ただ、セレンはもともと交流の多いタイプではないせいで、他人から見れば少し近寄りがたい印象を持たれやすいのか、直接好奇な目で話かける者はいなかった。
それでも、ナナセは居心地の悪さに、少しだけ肩を縮めていた。
すると――。
「ナナセ」
セレンが少しだけ後ろを振り返った。
「大丈夫?」
「はい」
ナナセが返事をすると、セレンは何でもないことのように外套の裾をひらりと持ち上げる。
「こっち入って」
「……」
ナナセは持ち上げられた外套の内側を見つめた。
そこは、よく知っている場所だった。
以前は任務へ向かうたび、当たり前のようにそこに身を潜めていた。
人の視線も気にせずに済む。
セレンの体温がすぐ近くにある。
そして何より、自分にとって一番安心できる場所だ。
「……」
こういう交流戦の場において、小さくなって身を隠しているというのは、相手に対して失礼なのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で少しだけ考えた。
けれど、外套の内側からふわっと漂ってきた、懐かしい安心感には勝てなかった。
「……では、お邪魔します」
「うん。どーぞ」
ナナセはふわりと身体を小さくする。
そのままセレンの外套の内側へ入り、右胸のポケットへすっと収まった。
身体が馴染んだ厚手の布に包まれる。
周囲の騒がしい気配が少し遠くなった。
セレンの温かな体温に、ナナセは思わず、小さく口元を緩めて笑った。
久しぶりだった。
この場所、この守られている感覚。
初めて入った時は、ただ指示されて入っただけの場所だった。
けれど今は、自分からここに入りたいと心から思える場所になっていた。
ポケットの縁を、小さな手でそっと握る。
その微かな気配に気付いたのか、セレンがわずかに口元を緩めた。
「懐かしい?」
「……はい」
小さな声が、ポケットの中から返ってくる。
セレンはそれ以上何も言わず、前を向いた。
やがて、交流戦の開始を告げる大きな鐘が響き渡る。
森に、低く長い音が重々しく浸透していった。
一瞬で空気が変わる。
談笑していた者たちも、一斉にそれぞれの表情を引き締めていく。
セレンの身体からも、静かに戦闘の気配が滲み出始めていた。
そのすぐ側で――。
ナナセはポケットの中にしっかりと身を寄せながら、不思議と穏やかに落ち着いていた。
ここなら大丈夫だと、そう強く思えたのだった。




