第162話 初秋の夜風
交流戦へ向けた本格的な合同訓練は、その後も連日のように続いていた。
早朝から日が沈む夜遅くまで、実践訓練の日々が増え、アルカの施設全体はどこかぴりっとした独特の慌ただしさに包まれていた。
それでも、ようやく明日は久々のまとまった休日が与えられることになっていた。
夜がすっかり更け、遠くの訓練所へ行き交う人の気配も途絶えて、部屋の中に本来の落ち着きが戻り始めた頃。
セレンが外出のための簡単な身支度を整えながら、ふと思い出したようにソファで本を読むナナセへ視線を向けた。
「ルナのところ行くけど、くる?」
「……え?」
ナナセは予期せぬ誘いに、思わず聞き返した。
セレンが1日の終わりの夜に、一人でルナのいるダイニングや中庭の方へ足を運ぶことは、これまでにもたまにあった。
けれど、自分をそこへ一緒に連れて行こうと誘ってくれたのは、これが初めてのことだったのだ。
「……いいんですか?」
「うん。いこ」
セレンは特に理由なく、ごく当たり前のように口元を柔らかく和ませて頷いた。
「はい」
ナナセも少し嬉しくなって、小さく頷いた。
二人で静かに部屋の扉を開け、廊下へと足を踏み出すと、ひやりとした冷たい夜の空気が肌を静かに撫でた。
「……さむ」
セレンが肩をすくめ、小さくぼやいた。
ナナセも思わずその冷気に身体を縮めるように肩をすくめる。
ついこの間まで、一歩建物の外に出れば目が眩むような夏の酷暑と日差しを気にしていたはずだった。
昼間は少しでも日陰を探して歩き、夜になればようやく涼しくなって過ごしやすくなったと安堵して――。
そんな、二人で過ごしてきた暑い季節が、いつの間にか過去のものとして終わっていたのだ。
廊下の高い窓から滑り込んでくる夜風は、もうはっきりと秋の深まりを告げる冷たさを帯びている。
ナナセはそのひんやりとした空気の触感を肌で感じながら、ぼんやりと過ぎ去ったばかりの夏の日々を思い出していた。
夏服になったセレンを、何となく眺めてしまったこと。
制服の中、暑さに耐えきれず、ポケットから顔を出したこと。
海辺での祭りや、そのあとのこと。
「……あっという間ですよね」
「ん?」
「夏が終わるの」
セレンは歩みを止めず、少し考えるように廊下の先を見つめた。
「そうだね」
それから、どこか懐かしむようにほんの少しだけ笑った。
「暑いの嫌だったけど、終わるとちょっと寂しいな」
「……私も、少しだけ」
二人は言葉を交わしながら、静まり返った廊下を等しい歩幅で並んで歩いていく。
冷たい夜の廊下を、夏の名残を惜しむように、ゆっくりと。




