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星を抱くひと  作者: 飴目
第7章

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158/187

第158話 それでもあなたを

その日の夜。

静まり返った薄暗い部屋の中で、ナナセはベッドに横たわりながらセレンの顔を静かに見つめていた。


昼間の精霊の森での一件以来、セレンはどこか考え事をしているようだった。


ナナセに向けられる優しい表情も、耳に届く低く穏やかな声も、普段と何も変わらない。

いつものように自分を胸元へと引き寄せて抱きしめてくれている。


けれど――。


ほんの少しだけ、セレンとの間に目に見えない小さな距離があるような気がしてならなかった。

ナナセはしばらくの間、その胸元に身を預けていたが、やがてそっと探るように言葉を発した。


「……どこか、痛みますか?」


森で不意に現れたあの妖精に攻撃を仕掛けられた時のことを思い出していた。

自分の気づかないところで、どこか身体に怪我を負っているのかもしれない。


「ううん。大丈夫だよ」


セレンはナナセを腕の中に抱きしめたまま、変わらない穏やかさで答える。


ナナセは少しだけ身体を離すと、セレンの様子を盗み見るようにしてそっと伺った。

腕も、肩も、胸も。目立った傷や打撲の跡はない。

流れる魔力の乱れすらも感じ取れなかった。


「……そうですか……?」

そう答えたナナセの声には、隠しきれない戸惑いの色が滲んでいた。


その小さな声の揺らぎを感じ取ったセレンが、ふっと吐息を漏らすように小さく笑う。


「……ごめん」

「え?」

「ちょっと、考えてた」


ナナセは何も言わず、ただ静かにセレンの瞳を見つめ返した。

セレンは少しだけ困ったように視線を落とす。


「今日、ナナセが俺を守ってくれたでしょ」

「……はい」

「あの時、嬉しかったんだ」


少しだけ静寂の間が落ちた。


「でも、同時に……寂しくなった」


ナナセの瞳が、驚きにわずかに見開かれる。


「ナナセが俺を守るくらい強いって分かって。それなのに、なんか少し遠くに行っちゃうような気がした」

「……」


セレンの手が、ナナセの柔らかい髪を愛おしむようにゆっくりと撫で下ろす。


「きっと、昔のナナセは、あの妖精みたいにもっとずっと強かったんだろうね」


昼間の青々とした森の中で目にした彼女の姿。

眩い黄金色の光を全身に纏い、己の確固たる意思で立っていたナナセ。


そして――。


「海で見た時も、森で見た時も……すごく綺麗だった」


セレンはどこか自分を責めるように、少しだけ困ったように微笑んだ。


「なんていうか、そっちにいる方がナナセらしいのかもしれないって思った」


ナナセは言葉を発しなかった。


ただ、セレンの胸元にそっと置いていた小さな手が、ほんの少しだけ力を込めて彼の服を強く握りしめる。


「……でも」


セレンは、その自分の服を握るナナセの小さな指先を見つめた。


「そう思ったのに」


静かに息を深く吐き出す。


「俺、ナナセを手放せないなって思った」


ナナセがすっと顔を上げた。

暗がりの中で、セレンの瞳とまっすぐに視線が交差する。


そこにあったのは、変わることのないいつもの穏やかな表情だった。

けれどその瞳の奥底には、セレン自身でさえ持て余して苦しんでいるような強い感情が滲み出ていた。


「ナナセがどこにいたって、自由でいてほしいと思うのに」


セレンの抱く腕が、逃がさないとでも言うように少しだけ強くナナセを抱き寄せた。


「俺の隣にいてほしいって、思っちゃった」

「……」

「ごめんね」


それは消え入りそうなほど小さな声だった。

身勝手なものを押し付けているのだと、セレンは自分自身を責めて謝っていた。


――謝る必要なんて、どこにもないのに。


ナナセは、そう思った。

セレンが自分を強引に縛りつけようなどとしていないことくらい、彼の伝わる体温で痛いほどよく分かる。


そして、自分の自由を心から願いながらも、それでも自分を失いたくないと隣にいることを切望してくれていることも。


ナナセはしばらくの間、黙ってセレンの温もりを感じていた。

そして、そっとセレンの温かな胸元へと深く顔を寄せた。


「……私は」


小さな、けれど芯のある声だった。


「ここにいたいです」


ナナセを撫でていたセレンの手が、わずかにピタリと止まった。


ナナセは胸元に顔をうずめたまま、言葉を紡ぎ続ける。


「森が嫌いなわけじゃありません。昔のことも……まだ、よく分からないです」

「うん」

「……でも」


セレンの服を握りしめる手に、さらに少しだけぎゅっと力を込める。


「今は、セレンさんの隣が好きです」


セレンは何も言わなかった。

ただ、ナナセを抱きしめるその腕が、手から伝わる温度が、もっと近くなった気がした。


「……そっか」


しばらくして発されたセレンの声は、安堵がこみ上げたように少しだけ揺れていた。


ナナセはそっと静かに瞳を閉じる。


セレンの抱擁の中に広がる胸元は、やっぱり何よりも心が落ち着く場所だった。


あの豊かな森の静けさとは違う。


けれど今のナナセにとって、此処こそが自分が何度でも帰ってきたい、たった一つの大切な居場所だったのだ。

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