第156話 残照
『……セレンさん、大丈夫、ですか……?』
その小さな声を聞いて、セレンはようやく現実の世界へ引き戻された。
「……え?」
呆然としたまま、驚いたように何度か瞬きを繰り返す。
視線を落とすと、目の前にはどこまでも心配そうな瞳で自分を見上げている小さなナナセの姿があった。
先ほどまで強い黄金の光を纏い、威圧するように森の妖精を牽制していた恐ろしいまでの姿が、まるで一瞬の幻だったかのように――。
今の彼女は、その小さな両手で、セレンの制服のキュッと握りしめている。
「大丈夫、ですか……?」
「あ、うん……」
セレンは言葉を詰まらせながらそう答え、改めて自分の胸元にいるナナセを見た。
胸の中の驚きと動揺は、まだ完全には消え去っていなかった。
自分を守るため、攻撃の真っただ中へ迷わず飛び出してきたこと。
あの圧倒的な規模の魔力を、一瞬で防壁として展開してみせたこと。
そして、何よりも――。
荒々しいあの森の妖精が、ナナセの放ったほんの短く冷たい言葉を一言聞いただけで、完全に戦意を喪失して引き下がったこと。
ナナセは、ただ静かに「あっちいって」と言い放っただけだった。
それなのに、あの強大だった妖精は、明らかに顔色を変えて怯んだのだ。
セレンは深く息を吐き出しながら、ゆっくりと地面から立ち上がった。
「……ナナセ」
「はい」
「強いね」
静かに告げられたその言葉に、ナナセは意図が分からず少しだけ首を首をかしげた。
「……そうでしょうか」
「うん」
セレンは困惑混じりに、けれど柔らかく小さく笑った。
「すごく強かった」
ナナセ自身は、自分がどれほどのことをしてのけたのか、あまり自覚できていないようだった。
無我夢中だった。セレンが無事だったことの方が、何よりもずっと大事だったのだ。
「いえ……」
そう静かに首を振って答えると、ナナセは特に自分の行いを気にした様子もなく、セレンの手の中で、指にそっと寄り添っている。
その無垢な姿を見つめていると、セレンの胸の奥底から、少し遅れて大きな感情の波が込み上げてきた。
怖かった――。
ナナセが自分の制止を振り切って飛び出したあの瞬間。
自分が攻撃を受けて傷つくことなどよりも、大切なナナセが自分の目の前で命を落とし、失われてしまうことの方が、何倍も何十倍も恐ろしかったのだ。
けれど今、こうして自分の目の前にいるナナセは、傷ひとつなく無事だ。
セレンはそっと確かな存在を確認するように見つめると、ナナセの小さな頭を指で包み込むように撫で下ろした。
「助けてくれて、ありがとう」
「……」
予期せぬ感謝の言葉に、ナナセは大きな目を丸くしてパチパチと瞬かせた。
それから、不安が消え去ったように、ほんの少しだけ嬉しそうに目元をふんわりと緩める。
「はい」
消え入りそうな、けれど確かな喜びを秘めた小さな返事。
セレンはそのナナセの表情を見つめながら、ふっと笑った。




