第152話 古巣
「無理になったら、絶対言ってね」
任務の集合場所へ向かう途中、セレンがふと足を緩め、隣を歩くナナセにそう言った。
「大丈夫です」
ナナセは小さく首を縦に振ると、隣を歩くセレンの手をきゅっと握りしめた。
セレンの言い様と昨日までの流れを思えば、今日も本来なら自分は留守番をするところだったのだろう。
それでも、こうして自分の我が儘を受け入れて一緒に連れてきてもらえたことが、ナナセには心から嬉しかった。
その素直な気持ちが手を通して伝わったのか、セレンがちらりと横目でナナセの顔を見る。
「……ならいいけど」
そう呟くと、握られた彼女の手を優しく握り返してくれた。
目的の集合地点へ到着すると、すでにフィリスたちの姿が揃って待っていた。
「あれ、ナナセ?」
ナナセの姿を認めると、ナギが目を丸くして驚きの声を上げる。
ソラトたちも少し驚いたようにナナセを一瞬見つめたあと、すぐにセレンのほうへ意味深な視線を移した。
そして、ナギとソラトが可笑しそうに口元を緩めて笑う。
「なるほどね」
「何が?」
セレンが心外そうに少しだけ眉を寄せる。
「いや? 断れなかったんだろうなって」
「……」
ソラトがニヤニヤと笑っている横で、フィリスが軽く咳払いをして、今回の任務について説明を始めた。
「今日は精霊の森の中を巡回する。いつもの森よりかなり深いところまで入るから、ナナセも気を付けてね」
「はい。分かりました」
フィリスの言葉に、ナナセがしっかりと頷く。
すると、横からナギが興味深そうに口を挟んできた。
「でもナナセって森出身なんでしょ? そういう森は懐かしく思うんじゃない?」
「懐かしく、ですか……」
確かに、精霊たちが住み着くような人の入らない深い森へ足を踏み入れるのは、アルカに来てからかなり久しぶりのことだった。
けれど、昔暮らしていた頃の記憶を辿ろうとしても、残っている記憶はどれも断片的で、懐かしいという感覚にはなかなか繋がらない。
むしろ、アルカでの人間たちと共に過ごす日々にすっかり馴染んでしまった今の自分にとっては、人の立ち入りを拒むような深い森そのものに、どこかほんの少しだけ怖さを感じてしまう。
自分でも不思議な感覚だった。
以前の自分なら、間違いなくそちらの静かな森こそ居場所だったはずなのに。
「……どうでしょう」
ナナセは返答に困ったように、困惑混じりの苦笑いを浮かべた。
「昔のことは、あまり覚えていなくて。どちらかというと……少し怖い気もします」
そのナナセの言葉を聞いて、セレンが静かな眼差しでナナセを見つめる。
「そっか」
セレンはそれ以上、過去の記憶について掘り下げるようなことを口にしなかった。
けれど、握りしめていたナナセの手を、繋ぎ止めるように少しだけギュッと第一百五十八話 精霊の森と、繋ぐ手の温もり
「無理になったら、絶対言ってね」
任務の集合場所へ向かう道の途中、セレンがふと足を緩め、隣を歩くナナセにそう言った。
「大丈夫です」
ナナセは小さく首を縦に振ると、隣を歩くセレンの手をきゅっと力強く握りしめた。
昨日の夜までの流れを思えば、今日も本来なら自分は部屋で静かに留守番をするところだったのだろう。
それでも、こうして自分の我が儘を受け入れて一緒に連れてきてもらえたことが、ナナセには心から嬉しかった。
その素直な気持ちが手を通して伝わったのか、セレンがちらりと横目でナナセの顔を見る。
「……ならいいけど」
そう呟くと、握られた彼女の手を優しく温かな手で握り返してくれた。
やがて、目的の集合地点へ到着する。
そこにはすでに、フィリスたちの姿が揃って待っていた。
「あれ、ナナセ?」
ナナセの姿を認めると、ナギが目を丸くして驚きの声を上げる。
ソラトたちも少し驚いたようにナナセを一瞬見つめたあと、すぐにセレンのほうへ意味深な視線を移した。
そして、ナギとソラトが実に可笑しそうに口元を緩めて笑う。
「なるほどね」
「何が?」
セレンが心外そうに少しだけ眉を寄せる。
「いや? 断れなかったんだろうなって」
「……」
ソラトがニヤニヤと意地悪く笑っている横で、隊長のフィリスが軽く咳払いをして、今回の任務について説明を始めた。
「今日は精霊の森の中を巡回する。いつもの森よりかなり深いところまで入るから、ナナセも気を付けてね」
「はい」
フィリスの言葉に、ナナセがしっかりと頷く。
すると、横からナギが興味深そうに口を挟んできた。
「でもナナセって森出身でしょ? こういう森、懐かしく思うんじゃない?」
「森……」
確かに、精霊たちが住み着くような人の入らない深い森へ足を踏み入れるのは、アルカに来てからかなり久しぶりのことだった。
けれど、昔暮らしていた頃の記憶を辿ろうとしても、残っている記憶はどれも霧がかかったように断片的で、懐かしいという温かな感覚にはなかなか繋がらない。
むしろ――。
セレンや特別部隊の人間たちと共に過ごす日々にすっかり馴染んでしまった今の自分にとっては、人の立ち入りを拒むような深い森そのものに、どこかほんの少しだけ怖さを感じてしまう。
自分でも実に不思議な感覚だった。
セレンに出会う以前の自分なら、間違いなくそちらの静かな森こそが己の居場所だったはずなのに。
「……どうでしょう」
ナナセは返答に困ったように、困惑混じりの苦笑いを浮かべた。
「昔のことは、あまり覚えていなくて。どちらかというと……少し怖い気もします」
そのナナセの言葉を聞いて、セレンが静かな眼差しでナナセを見つめる。
「そっか」
セレンはそれ以上、過去の記憶について掘り下げるような愚問は口にしなかった。
けれど、握りしめていたナナセの手を、繋ぎ止めるように少しだけギュッと強く握る。
「じゃあ、うっかりはぐれないようにね」
「はい」
ナナセはセレンの瞳を真っ直ぐに見つめ、素直に頷いた。
その迷いのない返事を聞いて、セレンはようやく少し安心したように、ふっと穏やかに口元を緩めて笑ったのだった。




