第151話 引き留めた手
翌朝、まだ目を覚ますには少し早い早朝の時間。
先に目を覚ましたナナセは、うっすらと明かりが差し込み始めた薄暗い寝室の中で、ぼんやりと天井を見つめていた。
喉が、少しだけ乾いている。
すぐ隣では、セレンが穏やかな寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
昨日遅くまで任務に出ていたのだから起こさないようにしよう、そう思いながらナナセはそっと忍びながら毛布を抜け出そうとした。
セレンの回された腕の中から身体を滑り出させ、音を立てないようにゆっくりとベッドの縁に足を下ろす。
そして立ち上がろうとした、まさにその時だった。
すっと枕元から伸びてきた力強い手が、ナナセの腕を急に掴み取った。
「……っ!」
思わず声を上げそうになり、驚いて振り返る。
そこには、まだ眠りの微睡みの中にいるセレンの姿があった。
その瞳は半分も開いていない。
それでも、目の前にいるナナセの存在だけは確かに捉えていた。
「……どこ、行くの」
寝起き特有の、低く擦れた甘い声だった。
「の、飲み物を……」
不意のことに動揺しながらも、答えるナナセ。
セレンはしばらくの間、夢現のままナナセの顔をじっと見つめていた。
目の前の彼女が存在することを確かめるかのようだった。
けれど、やがて掴んでいた手の力を少しだけ緩めていく。
「……早く戻ってきて」
「……はい?」
ナナセが戸惑っているうちに、セレンはもう目を閉じていた。
腕を掴んでいた手も、ゆっくりと毛布の中へ離れていく。
(寝言……?)
ナナセはしばらくの間、戸惑いながらその場に立ち尽くしていた。
けれど本来の目的を思い出すと、言われた言葉の通りに、少し急ぎ足でキッチンへと向かった。
冷たい水をコップ一杯飲み、喉の渇きを癒す。
空になったコップを置き、足早に再び寝室へ戻った。
部屋の扉をそっと開けると、セレンは変わらず静かに眠り続けていた。
ナナセはホッと息を漏らしながら、起こさないようそっとベッドへ戻る。
身体を横たえると、眠っているはずのセレンの腕が、吸い寄せられるように再び伸びてきた。
セレンはそのまま、ナナセの身体を腕の中へと引き寄せた。
「わ……」
気付けば、昨夜と同じように彼の温かな胸元へすっぽりと収まっていた。
「セレンさん……?」
顔を見上げて小さく呼びかけてみたが、返事は返ってこなかった。
ただ、セレンの手がナナセの頭へと触れる。
そしてゆっくりと、その柔らかい髪を指先で撫で降ろしていく。
まるで彼女が確かにここにいることを確かめるような、無意識のままの優しい仕草だった。
「……っ」
ナナセはもう何も言えなくなってしまっていた。
胸が高鳴り、白かった頬がじわりと熱くなっていくのが分かった。
さっきまで少し乾いていたはずの喉が、今は別の熱さでいっぱいになっていた。




