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星を抱くひと  作者: 飴目
第7章

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第146話 一人待つ夜

朝晩の風にわずかな涼しさが混じり始める頃になると、セレンたちはどこか忙しそうに過ごしていた。


「今日は待ってて。好きなことしててね」


朝、任務に向かう前の部屋で、セレンはそう言うことが多くなった。


ナナセは、その言葉を聞くたびに小さく頷く。


「はい。気を付けてください」


そう言って、出かけていくセレンの後ろ姿を見送る。


ナナセにも、その理由はよく分かっていた。

今回の任務先には、きっとカネルたち第五部隊がいるのだろう。

だからこそ、セレンは自分を連れて行かないのだ。


過去の出来事を思えば、それがセレンなりの配慮であり、自分を守るための気遣いなのだということも理解していた。

だから、自分から連れて行ってほしいとは口にしなかった。


セレンが戻ってくるまで、この部屋で静かに待っている。

それが自分のできることだと思っていた。


けれど――。


夜になっても、部屋の扉は開かないまま、壁の時計だけが淡々と針を進めていく。

いつもなら、訓練や任務を終えたセレンと共に部屋へ戻っている時間だった。


二人で夕食をとり、本をめくったり、今日あったことを少し話したりする。

眠りにつく前には「おやすみ」と穏やかに声を交わす。


そんな当たり前の時間が、今夜はない。


ナナセはソファに座ったまま、ぼんやりと動かない扉を見つめていた。


「……」


静寂に包まれた部屋。

こうして一人で時間を過ごすことなど、何とも思わなかったはずだ。

むしろ、一人で静かに過ごすことのほうが自分にとっての普通だった。


それなのに――。

今は少しだけ、心が落ち着かず、心細い。


任務に付き添っていたら、いまこの時間もきっとセレンと一緒にいた。

同じ景色を眺め、同じ道を歩いて。

部屋へ帰れば、いつものようにすぐ隣に彼がいる。


その時間が、いつの間にか自分にとって当然の日常になっていたのだ。


「……まだかな」


ぽつりと、小さな呟きが静かな室内に落ちる。


言葉にして口から漏れてしまってから、ナナセは少しだけ顔を熱くした。


セレンがいないというだけで心が落ち着かないという事実を、自分がこんなにも当然のこととして受け入れているのだと、改めて気が付いたからだった。


窓の外では、わずかに夏の名残を含んだ夜風が、木々をさわさわと揺らしている。


ナナセは膝を抱えるようにして身を小さくし、もう一度扉へ視線を向けた。


そして、ゆっくりと過ぎていく時間を静かに過ごしていたのだった。


◇


さらに時間が経っても、部屋の扉が開く気配は一向になかった。

ナナセは何度目か分からないほど壁の時計を見上げたあと、ふっと小さな息を吐き出した。


気を紛らわせよう、そう思い立ち、重い腰を上げて部屋を出ることにした。


向かった先は、ナナセもセレンと一緒によく利用するようになった、ルナの居るダイニング。

夜遅い時間帯に、こうして一人でここへ足を運ぶのは初めてのことだった。


けれど、以前セレンが何気なく口にしていた言葉を思い出す。


『夜もルナはいるから。なんかあったら頼ってね』


ただ一人で静まり返った部屋に居続けるよりは。

そう思って、ひんやりとした静かな廊下を歩いていく。


ダイニングへと近づくにつれて、昼間の賑やかな光とは違う、どこか落ち着いた灯りが漏れているのが見えてきた。


扉をそっと開けると、夜のダイニングは昼間よりもずっと静かだった。


それでも、カウンターの向こう側にはいつものようにルナの姿があった。


「おや、ナナセじゃん。珍しいねー」

ルナが気づき、親しみやすく嬉しそうに笑った。

「こんばんは……」

「こんばんは。こんな時間に一人で来るなんて、どうしたの?」


朝や昼に訪れるときとは、どこか少し違う雰囲気を纏った空気。

人の姿がほとんどない静かな店内に、最初はほんの少しだけ身を固くして緊張した。


けれど、いつもと変わらないルナの気さくな声を聞いているうちに、自然と肩の力が抜けていく。


「まぁ座りな」

促されるまま、ナナセはカウンター席へ腰を下ろした。


ほどなくして、何を頼むでもなく、湯気の立つ温かなハーブティーのカップが目の前へコトンと置かれた。


「どうぞ」

「……ありがとうございます」


ナナセはカップをそっと小さな両手で包み込んだ。


鼻先をくすぐる馴染み深いハーブの香りに、胸の奥の緊張がほどけていき、ナナセは小さく息を吐いた。


「……ふぅ」

それだけで、すっと心が落ち着いていく。


ルナはそんなナナセの様子をカウンター越しに眺めながら、思い出したように尋ねた。


「セレンは?」

「今日は……帰りが遅くて」

「ああ」

ルナは何かを察したように少し納得した様子で頷き、それから揶揄(からかう)うように笑った。


「はは。それは寂しいね」

「……そうですね」


反射的にそう言葉を返してから――。

ナナセは、自分の言葉にハッとして少しだけ目を伏せた。


「……」

その口から出た言葉に、誰よりも自分自身が驚いていた。


寂しい。


さっきから部屋にいる間も、ずっと胸の奥に漂っていたものの正体。

部屋で一人で待っているときも、何度も扉のほうを見てしまったときも、別のことを考えようとして気が散ってしまったときも。


その原因のすべてが、この気持ちだったのだ。


セレンが隣にいないことが、寂しい。


ナナセは手元にあるカップの中で揺れるハーブティーの水面を見つめ続けた。

彼の帰りを待ちたいと思うほど、セレンという存在が自分の中で大きく、かけがえのないものになっていた。


「……寂しい」


ぽつりと、静寂の中に言葉を呟く。


こうして自分の声で口にしてみると、今まで曖昧だったその感情が、はっきりと胸の中で形を持ったような気がした。


ルナは何も言わず、ただ包み込むような穏やかな笑顔を浮かべて、静かにナナセを見守っていたのだった。

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