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星を抱くひと  作者: 飴目
第6章

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143/181

第143話 星遣いに捧ぐ

今や、広い砂浜に集まっていた誰もが、ナナセの姿から目を離せなくなっていた。


砂浜で小さな灯りを囲んでいた人々も、寄せては返す波の音を聞きながら静かに夜空を見上げていた者たちも――。

今はただ息を殺し、海と星の境界線にぽつりと立つ、神聖な一人の妖精の姿を息をのんで見つめている。


そして、すぐ隣に立つセレンもまた全く同じだった。


繋いだ手もそのままに、目の前で圧倒的な光を放つナナセからどうしても視線を逸らすことができない。


溢れる星明かりを受けて淡く清らかな光をまとった繊細な羽。

満天の星々をそのまま鏡のように映し出した、静まり返る暗い海。


その世界の中心に佇むナナセは、普段のアルカで身を寄せる使役妖精としての姿とはまるで別人のように、神聖で、あまりにも美しかった。


――もし。


もし、彼女が使役妖精として生きることもなく、人間の住む世界から遠く離れて、深い森のどこかで誰にも脅かされず自由に生きていたとしたなら。


今ごろはこの星空の下で、何の憂いもなく無邪気に笑っていたのだろうか。


そんなあり得たかもしれない『もう一つの別の世界』を、頭上から降り注ぐ星たちが自分に見せているような気がしてならなかった。


セレンの胸の奥が、静かに、そして鋭く冷たく締めつけられる。


己の中に溢れ出る切なさに突き動かされるように、気付けばセレンは繋いでいたナナセの手を、そっと自分のほうへ引き寄せていた。


「……?」


引かれた手に気付いて、ナナセが振り返る。


セレンはそのナナセの手を両手で優しく包み込むように持ち上げると、吸い寄せられるようにその白く小さな手の甲へ、そっと静かに唇を触れさせた。


「え……」


触れ合った唇の温もりに、ナナセが目を見開く。


けれどセレンは唇を離すと、そのままナナセの瞳を真っ直ぐに見つめていた。


「……綺麗だ」


夜風に溶けるような、静かで確かな声だった。


そこには、普段セレンが彼女に向ける優しさとも、甘い恋情ともどこか少し違う、神聖なものが宿っていた。


使役する者と、使役される者――。

そんな名ばかりの関係など、とっくの昔に越え去って。


目の前にいるナナセというかけがえのない存在そのものに対して、ただ深い敬意と愛おしさを向けるような眼差し。

まるで、彼女が今まで傷つきながらもここまで生き抜いてきた歴史そのものに、恭(うやうや)しく膝を突いて跪(ひざまず)くかのような誓いの眼差しだった。


ナナセはその視線のあまりの想いの深さに何も言えなくなってしまう。

ただ息を呑み、セレンの星明りに照らされた灰色の瞳をじっと見つめ返していることしかできなかった。


二人の間に、時が止まったかのような静かな沈黙がすうっと落ちた。


遠くの海で、ざあっと波が静かに砕ける。

頭上の夜空では、また一筋の眩い流星が漆黒を横切っていった。


それから、しばらくして――。


「……ほら、濡れるよ」


セレンが緊張をほどくように、ようやく小さく優しく笑い、ナナセの手をそっと引いた。


引き寄せるようにして、波打ち際のすぐ近くから少しだけ後ろの安全な砂浜へ。


「あ……」


ナナセはそこでようやく魔法から解けたように我に返り、パチパチと瞬きをする。


まだ夢の中にいるようにぼんやりとしたまま、セレンの引っ張るほうへ素直に引き寄せられていく。


「……はい」


彼女の背中に広がる羽は、まだ淡い幻想的な光をまとったまま、星明かりが降り注ぐ海辺の中できらきらと美しく揺れていたのだった。

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