第142話 鏡の海
夜空を駆ける流星は、時が経つにつれてさらにその数を増していく様子だった。
一筋、また一筋と漆黒の夜空を横切り、その一瞬の輝きはまるで深い海へ引き寄せられるかのように、水平線の彼方へと静かに消えていく。
「わぁ……」
広い砂浜のあちこちから、集まった人々の歓喜と感嘆の声が漏れ聞こえる。
誰もが歩みを止め、息を呑んでただひたすらに夜空を見上げていた。
ナナセもまたセレンに優しく手を引かれたまま、次々と降り注ぐ星の奇跡を追いかけるようにして空を見上げていた。
そのまま二人は、ゆっくりと少しずつ波打ち際へと近づいていく。
セレンは、冷たい波が届かない場所で足を止めていた。
けれど、空の星にすっかり夢中になっていたナナセはそのことに全く気が付いていなかった。
「ナナセ」
行き過ぎ、と声をかけてその手を引き戻そうとした、まさにその時だった。
その声より先に、ナナセの小さな足先に、寄せてきた波がひんやりと触れた。
「きゃっ……!」
思わぬ冷たさに驚いて、ナナセの身体が小さく跳ねた。
と同時に、仕舞い込まれていた背中の羽が反射的に大きくふわりと広がる。
驚きのあまり、そのまま水から離れるために空中へと飛び立ちかけた、その瞬間――。
ざあ、と寄せていた波の音が、不意に遠のいて静まり返った。
元々静かだった夜の海辺が、まるで世界の音が消え去ったかのように、さらに静寂に包まれる。
遠くで上がっていた人々の感嘆の声さえも、どこか遠い別世界へと消えてしまったかのようだった。
ナナセは驚きで目を見開く。
目の前に広がっていたのは、深い夜の海。
けれど、そこに映し出されていたのは、単なる暗く揺れる水面などではなかった。
波が静まり、まるで巨大な鏡のようになった海が、頭上に広がる満天の星々をそのまま寸分違わず映し出していたのだ。
頭上にも、見渡す限りの星。
そして足元にも、どこまでも広がる星。
海と空の境界線が完全に溶けて消え去り、自分たちが存在する世界そのものが一枚の雄大な夜空になったかのようだった。
「……え……」
ナナセの唇から、かすかな呟きがぽろりと漏れる。
それと同時に、彼女の全身を包む清らかな魔力が、淡く幻想的に揺らめき始めた。
反射的に広がった背中の羽も、仕舞われることなくそのまま夜の静寂の中にふわりと浮かんでいる。
薄い透明な光を帯びた繊細な羽の輪郭が、上空と足元から降り注ぐ星明かりを浴びて淡く美しくきらめく。
一枚一枚の羽の先から細かな光の粒がこぼれ落ち、それが海面に映った星々の輝きと重なり合って、まるでナナセという存在自身が夜空の一部になって溶け込んでしまったかのようだった。
セレンは言葉を発することもなく、その神聖なまでに美しい姿をただ茫然と見つめていた。
変わらないのは、繋いだ彼女の手だけだった。
ナナセもまた、目の前に広がる世界に息をすることすら忘れてしまったかのように、その場に静かに立ち尽くしていた。
美しく広げられた羽は淡い光を帯びたまま、星降る夜の海辺で静かに、きらきらと眩い光を瞬かせていたのだった。




