第139話 いつもと違う日
降星祭の当日――。
陽が傾き始めた夕方、自室で祭りの準備を進めていた二人。
先に着替えと支度を終えたセレンが、奥の衣装室の扉を静かに開け、寝室から出てきた。
「……あ」
ソファに座って待っていたナナセが、衣擦れの音に思わず顔を上げる。
そこに立っていたセレンの姿は、見慣れたいつもの訓練服でも、特別部隊の凛々しい制服でもなかった。
肌触りの良さそうな柔らかな布地の私服に身を包み、彼の引き締まった身体の線に沿いながらも、ゆったりとした仕立ての服。
普段の戦闘で見せる鋭く尖った雰囲気も、その柔らかな装いのおかげか少しだけ和らいで見えた。
ナナセは思わず、しばらくの間じっとセレンの全身を見つめていた。
「……ん?」
自分に向けられた視線に気付いたセレンが、不思議そうに首を小さく傾げる。
「どうしたの?」
「……お洋服……」
ナナセの口から、驚きと見とれた気持ちがそのままぽろりと溢れ出た。
セレンが一瞬だけきょとんと目を丸くし、それから可笑しそうに笑う。
「はは、一応、普通の服は俺も持ってるよ。着ないだけで」
「そう、なんですね……」
ナナセは改めてセレンの新鮮な姿を見つめ直す。
部屋で寛いで過ごす時のラフな格好はよく知っている。
けれど、こうして外へ出かけるための私服姿を目にするのは、これが初めてのことだった。
いつもよりどこか雰囲気が柔らかく、少し大人びて見えるセレン。
その不意打ちの姿に、ナナセの胸の奥が一瞬だけ、とくんと小さく跳ね上がった。
内に芽生えたその高揚感をセレンに悟られないよう、ナナセは慌てて視線を少しだけ逸らす。
「似合いますね」
「そう? ありがと」
セレンはナナセからの素直な褒め言葉に嬉しそうに微笑んだ。
その柔らかな笑顔を見て、ナナセはふと何かを思いついたように顔を上げた。
「じゃあ……」
「ん?」
ナナセはそのままセレンと入れ替わるようにして、すっと衣装室へと向かった。
「私も、準備してきます」
「うん。ごゆっくり」
パタンと衣装室の扉が静かに閉まる。
セレンは何気なくソファへ腰掛けながら、彼女が出てくるのをのんびりと待っていた。
それからしばらくして、衣装室の扉がゆっくりと音を立てて開く。
部屋から出てきたナナセの姿を目にした瞬間。
今度は、セレンが固まった。
「え……」
そこに立っていたのは、セレンの知るいつものナナセとは少し違う、可愛らしい姿だった。
普段身に纏っている繊細な妖精らしい衣服ではなく、人間が着るものと何ら変わらない柔らかなデザインのワンピース。
ふわりと裾が広がる上品な布地が彼女の華奢な身体を優しく包み込んでおり、その淡く清楚な色合いが、彼女の白金色の髪と白い肌によく馴染んでいた。
そして、いつも彼女の背中にある美しく透明な羽は、自身の魔力によって小さく仕舞い込まれていた。
一見すれば、人間と何一つ変わらない可憐な少女そのものの姿だった。
ナナセは普段と違う装いに少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながら、セレンの前まで小さな歩調で歩いてくる。
「人の着るお洋服の真似、です。今日は……私も妖精はお休みにします」
そう照れくさそうに言って、セレンをそっと見上げる。
セレンは言葉を失ったまま、しばらく何も言えずにナナセの姿を見つめていた。
そして――。
「……かわいい……」
彼の口から思わずといった風に、本音の声が漏れ出していた。
「……!」
ナナセの白い頬が、嬉しさを滲ませながら、さらに赤く染まる。
「……そう、ですか?」
「うん」
セレンはようやく我に返ったように、愛おしさを噛み締めて笑う。
「すごく、似合ってる。かわいいよ」
「……ありがとうございます」
照れくささに耐えかねたように、うつむいて俯くナナセ。
けれど、伏せられたその口元は満足げに緩んでいた。
自分のために選んだこの姿を見て、セレンが心から喜んでくれている。
それが何よりもたまらなく嬉しかったのだ。
セレンもそんなナナセの表情を見つめ、目元を和ませて細める。
「今日は二人とも、いつもと違うね」
「……そうですね」
「なんか新鮮」
「私もです」
二人はそっと顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく小さく嬉しそうに笑い合った。




