第138話 浜辺への誘い
「降星祭?」
ある日、自室でくつろいでいた際、セレンの口からふと聞かされた見慣れぬ言葉を、ナナセはそのまま不思議そうに聞き返した。
「そう。数年ぶりにするんだって」
セレンが手にして眺めていた一枚の案内状を見せながら言葉を続ける。
どうやら、このアルカの拠点から少し離れた浜辺に人々が集まり、数年ごとに巡ってくる美しい流星群を眺めながら、静かな宴を開く恒例の催しらしい。
大騒ぎするような派手な祭りというよりは、夜の澄んだ海辺で美味しい食事や酒をゆったりと楽しみながら、夜空を見上げて星が流れるのを穏やかに待つようなものらしいのだった。
「前回の降星祭には、セレンさんも行ったんですか?」
「いや、俺そういうの参加するタイプじゃないから」
「……そうなんですね」
「流星群は中庭で見てたけどね」
セレンらしいどこか素っ気なくもどこかマイペースな返事に、ナナセは思わず笑った。
ナナセがアルカへやって来てからというもの、丁度この流星群が観測されない周期の年がずっと続いていたらしく、彼女にとっては完全に初めて耳にする催し事だった。
だからこそ、この土地にそんな幻想的な祭りがあることすら全く知らなかったのだ。
セレンは手元の案内状を静かに眺めながら、ふと隣に座るナナセへと視線を向けた。
いつだったか、満月の光が降り注ぐ夜――。
眩い月明かりをその全身に浴びながら、どこか心から安心したような表情で夜空を見上げていたナナセの美しい横顔が、セレンの脳裏をよぎる。
彼女は、静かな夜空や星を眺めるのが好きなのだろうか。
セレンはそんなことを、誰に言うでもなくなんとなく胸の中で思った。
「ナナセ」
「はい?」
「行ってみる?」
不意に差し伸べられた思いがけない誘いの言葉に、ナナセは驚いたように目を瞬かせた。
「……そう、ですね……」
ナナセは少しだけ熟考するように視線を落とす。
けれど、断る理由もどこにもなかった。彼女はすぐに嬉しそうに顔を上げた。
「……行ってみたいです」
素直な本音がそのまま零れ落ちた返事だった。
セレンはそのナナセの輝くような表情を見つめ、ふっと微笑んだ。
「うん。じゃあ、いこ」
「はい」
ナナセの顔に、ほんの少しずつ楽しみが滲んでいくと同時に、彼女の背中にある透明な羽が、パタパタと嬉しそうに小さく揺れた。
セレンはそんな彼女の隠しきれない嬉しそうな様子を見て、また可笑しそうに笑った。
数年に一度しか訪れない、星々が降り注ぐ特別な夜。
波音の響く夜の海辺に集まり、流星群が夜空を駆けるのを二人で待つ。
それが二人にとって、どんな夜になるのか。
まだ誰も知らなかった。




