第136話 眼差し
ほどなくして、夜の深い静寂に包まれた森の訓練も終わりを迎えた。
暗闇の中に散っていた各部隊の面々が、あちこちから静かな足取りで少しずつ最初の集合地点へと戻ってくる。
「お疲れー」
軽快なナギの声とともに、指示を出していたフィリスたちも無事に合流を果たした。
ナナセもセレンの肩からふわりと軽やかに飛び降りると、魔法を解いて元の背丈の姿へと戻る。
「ナナセ、連絡ありがとね」
無事に役目を終えたナナセに向かって、フィリスが柔らかく笑いかけた。
「いえ」
ナナセは小さく首を振った。
けれど、その表情はどこか嬉しそうで、満足げに微笑んでいる。
小さな達成感が、彼女にとっては純粋に嬉しいのだろう。
「また何か頼むかも。そのときはお願いね」
「はい。ぜひ」
フィリスの言葉に、ナナセの目が輝きを帯びるようにほんの少しだけ輝いた。
しかし。
その生き生きとした様子をすぐ隣で見つめていたセレンが、ほんの少しだけ、眉を寄せた。
「フィリス」
「ん?」
「あんまりナナセを使わないでよ」
「……え?」
どこか不満げに発せられたセレンの言葉に、フィリスがきょとんと目を丸くして首を傾げる。
ナナセもまた、不思議そうにセレンの顔を見上げた。
「このくらいなら大丈夫ですよ」
「そうかもだけど」
セレンはそこで一旦言葉を止め、居心地の悪そうに視線を泳がせた。
フィリスは不可解そうにセレンの顔を見つめる。
「何、急に」
「……いや」
セレン自身、フィリスがナナセに対して何か過剰な負担を強いるつもりがあるわけではないことなど、良く分かっていた。
今日だって、連絡役を引き受けたのは、ナナセが自ら申し出たことだ。
伝令を任せることも、ナギのいる場所まで向かわせることも、彼女の安全が十分に確保された危険のない範囲でのこと。
むしろ、ナナセが自分から進んで仲間たちのために動けたことを、喜ぶべきなのだろう。
――それでも。
フィリスの頼みに応え、誇らしげに嬉しそうにしているナナセの姿を見つめていると、セレンの胸の奥が少しだけざわついた。
自分以外の誰かに頼られ、必要とされているナナセ。
その当たり前で喜ばしいはずの事実が、なぜかひどく面白くなかったのだ。
「……セレンさん?」
無言のまま言葉を続けないでいるセレンに、ナナセが不思議そうに首を傾げて声をかける。
「ん?」
「どうしました?」
「……何でもないよ」
セレンは淡々とそう答えると、大きな手のひらでナナセの頭をぽん優しく撫でた。
ナナセはセレンの手の温もりに目を細め、小さく身を委ねる。
その素直で愛くるしい反応を見て、セレンは胸の奥で余計に複雑な感情を抱くことになった。
自分だけに向けてほしい。
そんな子供じみた、身勝手で強い独占欲が、いつの間にか自分の中でしっかりと深々と根を張っている。
「……過保護だねぇ」
セレンの心の動揺を見透かしたように、ナギが横から可笑しそうにニヤニヤしながら呟いた。
「そういうわけじゃない」
セレンが即座に低い声で言い返す。
ナギが可笑しそうに声をあげて笑い、フィリスたちもその二人のやり取りにつられてクスクスと楽しげに笑い出した。
ナナセだけが、何がそんなに可笑しいのかさっぱり分からないといった様子で首を傾げている。
そんな純粋なナナセの姿を静かに見つめながら、セレンは静かに小さく息を吐き出した。
自分でも、少し呆れて困るくらい――。
ナナセの存在が、自分の中で何よりも大切になりすぎていた。




