第135話 小さな仕掛け人
ふと、静かな足取りで森を進んでいたナギが何かを思いついたようにピタリと足を止めた。
「そうだ、ナナセ」
「はい?」
ナギは自分の肩に乗っている小さなナナセへ、少しだけ顔を向ける。
「セレン、探せる?」
その予期せぬ言葉に、ナナセはほんの少しだけ戸惑うように迷いを見せた。
セレンの居場所を探し出す。
それ自体は、妖精のナナセにとって難しいことではない。
使役契約をしている関係もある以上、主人を見つけることは容易いことだった。
ただ、自分がセレンの居場所を教えて不意打ちの手助けをしてしまえば、それはセレンにとって不利な状況を作ってしまうのではないか。
そんなことを思っている自分が居た。
けれど、これはお互いの能力を高め合うための訓練なのだ。
そう思うことにして、迷いを捨てるように割り切った声を出した。
「探せますよ」
「じゃ、お願い!」
ナギの言葉を受けたナナセは、静かに可憐な目を閉じる。
そして、夜の森の空間に満ちている大気の魔力へ、自分の内に眠る清らかな魔力をそっと重ね合わせて溶け込ませていく。
次の瞬間、淡く繊細な光が、凛とした静けさの中で夜の森全体へとシンと静かに広がっていった。
それはまるで、漆黒の暗闇の中へ淡く眩い星の円環を広げていくような、幻想的な魔法だった。
木々の向こう側、足元の地面、ざわめく枝葉――。
その空間のあらゆる場所に流れる微細な魔力の揺らぎを、一つずつ丁寧に拾い上げて索敵していく。
その魔法の美しさに、ナギが心底感心したように笑った。
「相変わらずすごいね」
「……いえ」
ナギの言葉に少し照れながらも、ナナセは神経を研ぎ澄ませて集中を続ける。
けれど――その直後のことだった。
広げた魔力の網のすぐ端に、一つの鋭い気配を捉える。
「……あ」
同時にナギかナナセのどちらから出たのか分からないほど小さな驚きの声が漏れた。
見つけたのは、間違いなく捜していたセレンの気配だった。
けれど――。
「……え?」
異変を感じ取ったナナセが勢いよく目を開く。
その捉えた気配は、自分たちが思っていたよりもずっと、すぐ目と鼻の先に存在していたのだ。
ナギが冷や汗を浮かべながら、ゆっくりと真横の樹木の方を振り返る。
太い木々の隙間――。
そこに、セレンが静かに佇んで立っていた。
一体いつからそこにいたのか、全く分からない。
夜の森の深い影と同化するように極限まで気配を完全に消し去り、彼はすでに二人の目と鼻の先まで距離を詰めていたのだ。
「……」
ナナセは思いもよらぬ近距離に、驚きのあまり思わず身体を固まらせてしまう。
セレンもまた、暗闇の中で静かに二人を見つめ返していた。
ナギが思わず脱力したようにぽつりと呟く。
「……先に見つかってるじゃん」
「……」
ナナセは、目の前のセレンを見つめ返す。
自分がセレンを探していたはずなのに。
見つけたと思った瞬間には、もうこちらのほうが完璧に見つけられてしまっていたのだ。
セレンは固まる二人を前にしながら、わずかに精悍な口元を緩めて笑った。
「どうする?」
楽しげで、それでいて夜の静寂によく通る静かな声が、闇に包まれた森の中に落ちた。
◇
「おい、魔法使いに近接戦を求めんなよ……」
ナギは苦笑いを浮かべながら両手を軽く頭の上に上げ、あっけなく参ったと言わんばかりに降参してみせた。
あまりにも呆気ない決着に、どこかつまらなさそうな顔をしている。
「はいはい、俺の負け」
ナギはそう言って降参しながら、自分の肩の上にいるナナセを見やった。
「ナナセのお届けだよ」
冗談めかして可笑しそうに笑うナギ。
その言葉に、暗い木々の影からセレンがゆっくりと静かな足取りで姿を現した。
「……お届けって」
「だって、連れてきたの俺だし」
「そういう言い方する?」
セレンが呆れたようにフッと笑う。
ナナセはそんな二人のやり取りを見つめながら、自分が力になれなかったことが少しだけ申し訳なさそうに身を縮めていた。
「ナギさん、すみません……」
「ナナセは悪くないよ。ナギが隠れるのが下手なの」
「あ、うざっ」
セレンは彼女の不安を打ち消すようにすぐさまそう言うと、ナギの言葉には目もくれず、ナナセに向かってそっと大きな手を差し出した。
「おいで」
ナナセはナギの肩からふわりと軽やかに飛び立ち、セレンの手のひらの上へと舞い降りる。
そのままセレンの暖かな指先が、落ちないようにナナセの小さな身体をそっと優しく支えた。
「ちゃんと探せたね」
「……はい」
セレンにまっすぐ褒められたことが嬉しいのか、ナナセの表情がふわっと緩んでいく。
それを見たナギが、ふっと楽しそうに笑った。
「でもセレン、ナナセがいると索敵されても全然困らないんじゃない?」
「まあね」
「いや、そこは困れよ」
即答したセレンに、ナギが呆れ果てたようにツッコミを入れる。
「ナナセに見つけてもらえるなら、別にいいかなって」
「お前なぁ……」
ナギは呆れながらも、どこか楽しそうに笑っていた。
セレンはそんなナギの様子を横目で見ながら、自身の手のひらの上に収まるナナセへと視線を戻す。
「それに、ナナセが探せるって言ったんでしょ」
「はい」
「じゃあ、ちゃんと見つけて貰わないとね」
セレンの言葉に、ナナセは少しだけ目を丸くして驚いてから、小さく笑った。
穏やかで温かな三人の声が、深まりゆく夜の森の中へと優しく落ちていったのだった。




