第132話 胸の中にあるもの
無事に巡回任務を終えて拠点へと戻る頃には、空を焦がしていた強い日差しが少しずつ傾き始めていた。
広大な森の木々の間から差し込む日光も、昼間の灼熱をすっかり失い、柔らかく温かなオレンジ色へと色合いを変え始めている。
昼間、ナナセの身体にまとわりついていた息苦しい暑さも、夕刻の涼やかな風とともにようやく遠のき始めていた。
セレンの肩の上にちょこんと止まっていたナナセが、ふと顔を上げた。
「……あの、セレンさん」
「ん?」
アルカの拠点へ向けて歩きながら、セレンが横目で肩の上のナナセを優しく見やる。
「服の中に……戻ってもいいですか?」
少しだけ遠慮がちな、けれどねだるような声だった。
昼間、制服の胸ポケットへ入っていたナナセが暑さで参ってしまったこともあり、セレンは彼女の体調を気遣ってずっと肩の上へ乗せたまま移動していたのだ。
「いいけど、暑くない?」
「はい」
ナナセは少しだけ間を置いてから、そして嬉しそうに笑ってみせる。
「ここがいいです」
「……それならいいけど」
セレンが少し意外そうに瞬きをする。
ナナセはセレンの許可を得ると、ふわりと肩から飛び立つと、まっすぐにセレンの胸元へと降りていった。
セレンの着る制服の右胸のポケットへと、ふわりと小さな身体が吸い込まれるように収まる。
そして、ポケットの縁から外の景色を眺めるように、満足げに顔だけを出した。
セレンはそんなナナセを見下ろすと、少し可笑しそうに笑いかける。
「ポケット、そんなに気に入った?」
「……少し」
ナナセは自分の気持ちを見透かされたようで、恥ずかしそうに照れた顔で答えた。
冬の外套の中とは違って、この胸ポケットだと外から自分のことも見られてしまう。
それでも、今セレンの一番近いところにいられるのだ。
昼間は暑さに負けて一時的に離れていたけれど、涼しくなった今ならここへ戻っても平気だった。
何より――。
「落ち着くので」
ぽつり、と小さく付け足された本音の言葉に、セレンの口元が少し緩んだ。
「そっか」
それ以上は何も尋ねない。
ただ――セレンは歩く速度をほんの少しだけ、さりげなく落とした。
胸ポケットの中で揺られているナナセが、少しでも衝撃を感じず心地よくいられるように。
ナナセ自身はそのことには気付かず、ポケットの縁に小さな手を添えたまま、穏やかに外を眺めていたのだった。




