第13話 差し伸べられた手
五部隊のほうでも、こちらに気づいたらしい。
男たちが小さな笑みを浮かべて顔を見合わせ、そのうちの一人がこちらへ向かって歩き出した。
表向きは、特別部隊への挨拶という体裁なのだろう。
けれど――。
「……」
ナナセの身体が、ほんのわずかに不穏な気配に反応した。
気配を察知したように、ぴくりと細い肩が揺れる。
聞き覚えのある、嫌な足音。
威圧的な声。
肌にまとわりつくような不快な気配。
ナナセが恐怖に顔を強張らせ、ゆっくりと後ろを振り返ろうとした――その瞬間。
ふわり、と視界が浮き上がった。
「わっ……」
小さな悲鳴が洩れる。
気づいたときには、セレンが迷いなくナナセの身体を横から抱き上げていた。
突然の出来事に、ナナセは驚きで目を丸くする。
「セレン、さん……?」
「……」
セレンは何も答えず、当然のようにナナセを両腕の中にすっぽりと収めている。
そして、フィリスへ一瞬だけ視線を遣った。
「外にいる」
短い一言。
フィリスはそれだけでセレンの意図を完全に理解し、深く頷いた。
「分かった」
ナギたちも余計なことは一切聞かず、セレンが通り抜けやすいように背中で道を空けた。
五部隊の男が無遠慮に近づいてくる。
その浅薄な視線が、セレンの腕の中に抱えられたナナセへ向かった。
けれど――セレンはそちらを一度たりとも見ようとしない。一瞥すら与えず、そのままホールの端へ向かって迷いなく歩き出す。
ナナセはセレンの胸の中で、身を小さく丸めていた。
何が起きているのか、まだ頭が追いついていない。
ただ、五部隊の気配を感じ取った瞬間に全身の血が引いて強張ったことだけは、自分でも分かっていた。
セレンは怯えるナナセを胸元で守るように抱えたまま、ホールの大きなガラス扉へと向かう。
その先には、静かなバルコニーが広がっていた。
扉を押し開けると、冷たい外の風がふわりと流れ込んでくる。
人々の不快な喧騒が、一気に遠のいていく。
セレンがそのままバルコニーへ踏み出すと、重厚なガラス扉が静かに閉まった。
一瞬にして、静寂が二人を包み込む。
「……」
ナナセはまだ、セレンの腕の中に抱えられたままだった。
セレンの胸元、目の前にはセレンの赤い髪が揺れている。
自分の足が地面に着いていないことに今更気づいたように、ゆっくりと視線を落とした。
「……あの」
「ん?」
「降ろさなくて……いいんですか?」
「今はいい」
「……」
ナナセはそれ以上、何も言えなくなった。
セレンはバルコニーの手すり近くまで歩いていき、遠くの景色に視線を向ける。
「人、多かったから」
「……はい」
「外のほうが、楽でしょ」
「……」
ナナセはほんの少しだけ目を見開いた。
人混みが苦手なことだけでなく、自分が感じたあの『嫌な予感』から遠ざけてくれたのだと気づき、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
セレンはそれ以上、何も追求しない。
ただ、ナナセを腕に抱いたまま、静かに風を受けている。
しばらくして、ナナセの強張っていた身体から少しずつ力が抜けていった。
「……」
ナナセは躊躇いがちに、小さく息を吐きながらセレンの服の胸元を、ギュッと指先で掴んだ。
二度と手放したくないとすがるように、力が入る。
セレンはその指先の震えと力に気づいていた。
けれど、やっぱり何も言わない。
ただ、ナナセが落ちないように抱える腕に少しだけ力を込め、安定させてあげるだけだ。
賑やかなホールの中では、フィリスたちが五部隊の連中を静かに立ち塞ぎ、迎えていた。
その間。
ナナセは一度も、過去のほうを振り返らなかった。
セレンの温かい腕の中で。
ただ静かに、広がる外の景色を見つめていた。




