第126話 初夏の陽気
上空から降り注ぐ日差しの照りつけが、少しずつ強さを増してきた頃のことだった。
「急に暑くなってきたなぁ」
先頭を歩くナギが、制服の首元をパタパタと手で扇ぎながら鬱陶しそうに呟く。
「ほんとだな」
ソラトも眩しそうに目を細め、木々の隙間から覗く眩しい青空を見上げた。
「朝はまだ涼しかったのに」
ヒヨリが額の汗を拭いながら続けると、並んで歩くフィリスも短く小さく頷いた。
「この時期はこんなもんだろ」
ここはアルカの本部拠点から少し離れた、青々とした木々が密生する広大な森。
セレンたちは、この周辺の巡回任務へと出向いていた。
本格的に暖かくなり始めるこの季節からは、闇に紛れ夜襲を専門とする悪質な集団や、野盗などの活動が活発になり始める。
主要な街道や深い森を通り抜ける行商人を狙う者たちも急増するため、周囲に危険な異変がないかを念入りに確認しながら、森の奥へと足を進めていたのだった。
そんな中。ナナセは、セレンの肩の上にちょこんと座っていた。
今朝出発したばかりの頃は、いつものようにセレンが羽織る黒い外套の内側にいたのだが、しばらく森の中を歩き続けたところで、セレンがふと外套の胸元を少しだけ開き、
「……暑くない?」
と、心配そうに中のナナセを優しく覗き込んできたのだった。
ナナセ自身としては、そこまで気に留めてはいなかった。
初夏のこの時期、妖精が契約している主人の外套の中に潜んでいれば、熱が籠もって暑くなるのは珍しいことではない。
むしろ、毎年のように経験している、いつものことだった。
けれど、セレンは少しだけ思案するように真剣な顔をしたあと、
「こっちおいで」
と優しい声で促し、ナナセをそっと手のひらですくい上げて自分の肩の上へと移してくれた。
「蒸し妖精にならないでね」
「……ふふ」
そのセレン言葉に、ナナセは思わず口元を緩めて可笑しそうに笑った。
実際問題、セレンの言う通り締め切った外套の中は少し蒸し暑かったのも事実だ。
だからこうして風が吹き抜ける肩の上に移されたこと自体は、体調的にはありがたかった。
けれど――。
セレンの大切な外套の内側から出てしまったことが、ほんの少しだけ寂しく感じられてしまう自分もいた。
あの外套の内側は、セレンの心地よい体温と安らぐ匂いが一番近くに溢れている場所だ。
彼が歩くたびに伝わってくる規則正しい揺れも心地よくて――。
ここ最近のナナセにとっては、何よりも心が落ち着く特別な居場所になっていた。
ナナセはセレンの肩の上から、ちらりと彼の着ている外套の胸元へと名残惜しそうに視線を滑らせる。
セレンはそんな彼女には気づかず、いつもの凛々しい顔つきで周囲に警戒を向けたまま歩き続けている。
「……」
ナナセは小さく息を吐き出すと、落ちないようにセレンの首元へ身体を少しだけ寄せて寄り添った。
外套の内側でなくても、こうして肩の上でちゃんと一番近くの隣にいる。
そう自分に言い聞かせれば、それだけで十分に幸せなはずだった。
するとセレンが、ふと歩みを進めながら視線だけを肩の上のナナセへ向けた。
「どうかした?」
「いえ」
ナナセはセレンの気遣いに応えるように、少しだけ嬉しそうに笑ってみせる。
「なんでもないです」
「そう?」
セレンは不思議そうに首をかしげながらも、それ以上は追及しなかった。
ただ、彼女の小さな身体が肩から揺れ落ちてしまわないように、歩く速度をほんの少しだけ静かに落としてくれた。
セレンのその気遣いに気づいたナナセは、胸を温かなもので満たしながら、また小さく嬉しそうに微笑んだ。




