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星を抱くひと  作者: 飴目
第6章

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125/181

第125話 安寧を抱く

「部屋に戻ろっか」

セレンの優しい問いかけに、ナナセは静かに、けれどしっかりと頷いた。


その素直な様子にセレンは小さく笑い、彼女の手を引き再び歩き出す。


オレンジ色に染まる夕暮れの中庭をあとにし、見慣れたいつもの廊下へ――二人並んだ静かな足音だけが、どこまでも続いていった。


部屋の扉を開けて中へ戻ると、ナナセは誘われるように深くソファへ腰を下ろす。


その瞬間、ふっと彼女の全身から緊張が抜け、柔らかな吐息が漏れた。


さっきまでアザミの言葉に縛られてどこか強張っていた彼女の表情も、ここに戻ってきた安心感からか、少しずつ元の穏やかで柔らかなものへと戻っていく。


セレンは隣でその一連の様子を見つめながら、胸の奥で静かに小さな安堵の息を吐き出した。


どんなに外で不快な出来事や傷つく言葉に出会おうとも、この部屋へ戻ってきさえすれば、彼女はもう大丈夫なのだと確信できた気がした。


ここが、彼女にとって傷を癒やすための温かな避難場所になっている。

そう思うと、セレンの胸の奥にはじんわりとした温かな嬉しさがこみ上げてきた。


ナナセにとって、この静かな部屋が。

そして――何よりも自分自身のすぐ隣という場所が。

何があっても安心して戻ってこられる、絶対の帰る場所になっているのだと実感できたのだった。


◇


その日の夜から――。

二人は同じベッドで一緒に眠るようになった。


どちらから言葉にして言い出したわけでもない。

夜の帳が下りる時刻になれば、自然な動作でナナセが寝室のベッドへ向かい、セレンもまたそれを当たり前だったかのように受け入れる。


暗闇が迫るその夜、二人は同じベッドへと身体を沈めた。


「おやすみ」

「……おやすみなさい」


お互いに小さく優しい声を掛け合い、枕元の灯りをそっと落とした。


部屋が暗闇に包まれてしばらくすると、規則正しく静かな二人分の寝息だけが暗闇に心地よく響くようになる。


その静寂の中で、布団に包まれたナナセの身体がほんの少しだけ動いた。

わずか数センチの、小さな移動。

最初は少しだけ迷うように、けれど縋るように。

隣に眠るセレンの身体のほうへと静かに寄ってくる。


セレンは眠りについた振りをしたまま、目を開けなかった。

余計な声をかけて彼女を緊張させないよう、何も言わずにその縮まる距離を丸ごと優しく受け入れる。


セレンが拒まないと知ったナナセは、安堵したように身体をもう少しだけ彼の方へと寄せた。


やがて、そっとセレンの広く温かな胸元へ、小さな顔をうずめるように包み込まれていく。


すっかり見慣れた、セレンの安らぐ香りがする。

触れている肌から、心地よい体温が伝わってくる。

トクン、トクンと刻まれる一定の規則正しい鼓動と呼吸が、すぐ間近にあった。


ナナセは満ち足りた心地で静かに目を閉じる。


(ここにいていい――)


誰にも邪魔されず、誰にも責められない、自分がここにいていいのだと。

わざわざ言葉にして伝えられなくても、肌の温もりだけで身体全体で思わせてくれる、世界で一番大好きな場所だった。


セレンもまた、胸元に伝わってくる彼女の小さく柔らかな温もりを感じながら、愛おしさに静かに瞳を閉じた。


そっと布団の中で長い腕を伸ばし、ナナセの華奢な背中に優しく回して引き寄せる。


言葉なんて何も要らなかった。

ただそれだけで、二人の心には十分すぎるほどの幸せが広がっていた。


昼間の揺れ動いていた二人の間に残っていたわずかな心の距離が、夜の優しい静けさの中で、ゆっくりと、けれど確かに溶けて消えていったのだった。

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