第121話 並んで歩く道
訓練所へと続く道を、二人は並んでゆっくりと歩いていた。
セレンは当たり前のように、ナナセの手を引いている。
ナナセはその握られた自分の手を見つめ、それから隣を歩くセレンの横顔をそっと見上げた。
セレンはいつも通りの落ち着いた表情をしている。
けれど、どこか目元や口元が少しだけ嬉しそうに緩んでいるように見えた。
それがナナセにとっては少し不思議だった。
自分が「一緒に行きたい」と我儘を言ったことを、彼はこんなにも喜んでくれているのだろうか。
そう思うと、胸の奥がじんわりと満たされていく。
ついさっきまで一人で残されていた部屋で感じていたあの寂しさは、今や嘘のように綺麗に消え去っていた。
隣にセレンがいて、その手が温かく自分を繋ぎ止めてくれている――ただそれだけのことが、自分が思っていた以上に嬉しかった。
「セレンさん」
「ん?」
ナナセは歩幅を合わせながら、少しだけセレンを見上げる。
「ありがとうございます」
突然の脈絡のない感謝の言葉に、セレンは不思議そうに首を傾げた。
「ん? 何が?」
「いえ……」
ナナセは少しだけ言葉を整理するように考えてから、静かに答える。
「昨日からずっと、言ってなかったので」
セレンは少し驚いたように目を瞬かせた。
昨日、高熱を出したこと。
看病のためにずっと傍にいてくれたこと。
今朝も優しく体調を気にかけてくれたこと。
そして、今こうして自分の甘えや我儘を丸ごと受け入れて連れてきてくれたこと。
ナナセの「ありがとう」という短い言葉の中には、それら全てが込められているような気がした。
「……うん」
セレンは繋いでいる小さな手に、ほんの少しだけ想いを込めるように力を込める。
「どういたしまして」
そして、彼女を安心させるように優しく穏やかに笑ってみせた。
ナナセもそれに応えるように小さく微笑む。
二人の規則正しい足音が、昨日までよりもほんの少しだけ近くなった二人の距離を確かめ合うかのように続いていた。
◇
「ほらね、連れてくるって言ったろ」
訓練所へ戻ってきたセレンとナナセの姿を見つけるなり、待ち構えていたナギがニヤニヤと楽しそうに笑った。
「……何」
「いやぁ、分かりやすいなと思って」
「なんだよ」
セレンは照れくささを隠すように、いつもの見慣れた動作でナギの頭を拳で軽くどつく。
「痛っ」
痛がりながらも、ナギは可笑しくてたまらないといった風に笑い続けたままだ。
フィリスやソラトたちも顔を見合わせて笑っていた。
ナナセは自分が原因であることに少しだけ気まずそうにしながら、その賑やかな様子を眺めていた。
「ナナセ、もう大丈夫なの?」
ソラトが少し心配そうに柔らかく笑いかけてくる。
「はい」
ナナセはそう答えながら、ちらりとナギの方を見る。
相変わらずセレンに頭を叩かれているナギと、その横で呆れつつ笑っているフィリスたち。
それは、いつもの訓練所の光景だった。
たったそれだけのことなのに、ナナセの胸の中は驚くほど穏やかで温かかった。
昨日までとは、ほんの少しだけ何かが違う。
自分から「一緒にいたい」と素直な本音を言えて。
セレンもそれを拒むことなく、当たり前のこととして受け入れてくれた。
そして今、こうして大切な仲間たちが待ついつもの場所へと戻ってきている。
セレンもまた、自分の隣にしっかりと寄り添うナナセの姿をちらりと見下ろし、愛おしそうにわずかに目を細めた。
いつもの訓練所。
いつもの賑やかな仲間たち。
その温かな輪の中に、当たり前のようにナナセがいる。
それが彼にとっても妙に自然で、どこまでも心地よかった。
二人とも、言葉には出さずとも何となく同じ温かな感情を感じながら――。
穏やかで優しい日常の時間が、再び二人の元へと戻ってきていた。




