第116話 見つめる理由
セレンが寝室へと部屋へ戻ってくるものの、その足取りはどこかぎこちないものだった。
けれど、それ以上に明らかなほどぎこちない態度を取っていたのは、ベッドの上に座っていたナナセの方だった。
セレンがドアを開けて戻ってきたその瞬間、ナナセは弾かれたようにさっと視線を明後日の方向へと逸らしてしまう。
けれど、どうしてもセレンの様子が気になるのか、数秒後にチラッと盗み見る。
そしてセレンと目が合いそうになると、再び慌てて視線を逸らす――その健気な繰り返しだった。
「……」
セレンは部屋の入口でしばらく黙ってその様子を眺めていたが、とうとう耐えきれなくなって低く吹き出してしまった。
「ふっ……」
「……なん、ですか」
「いや」
笑いを必死に堪えながら、セレンは静かに歩み寄ってベッドの脇へ腰を下ろす。
「ナナセもそんななるんだなって」
「……そう、ですね」
ナナセは少しだけむっとしたように、小さな声を漏らした。
セレンはキッチンから持ってきた冷たい水の入ったコップを、ナナセの前へとそっと差し出した。
「はい。具合は?」
ナナセは水を受け取りながら、セレンの顔をじっと見る。
そして、先ほど慌てて部屋を飛び出していった姿とは対照的に、どこか妙に余裕を取り戻しているセレンの様子を見て、対抗するように小さく言葉を返した。
「……さっきので全部飛んでいきました。熱も、だるさも」
精一杯の余裕を装ったような、どこかツンとした意地張りの言い方だった。
セレンは一瞬きょとんと目を丸くし、それからまた彼女の負けず嫌いな愛らしさに破顔して笑った。
「そっか」
「……」
「じゃあ、元気になったならよかった」
あまりにも普通で優しく返されてしまい、ナナセは少しだけ拍子抜けしてしまう。
そんなナナセの不服そうな様子を見つめながら、セレンはふっと表情を真面目で柔らかいものへと変えた。
「……でも」
まっ直ぐにナナセの瞳を見つめ返す。
「ごめんね」
それは、先ほどの突発的な行動を改めて彼女に詫びる、真摯な声だった。
ナナセは思わぬ真剣な謝罪に、少し驚いたように目を瞬かせる。
「……嫌だったら、ちゃんと言って」
「……」
ナナセはしばらくの間、言葉を出せずに黙り込んでいた。
コップの冷たさを手に感じながら、セレンの言葉を胸の奥でしっかりと受け止める。
それから、静かに、小さく首を横に振った。
「……嫌では、ないです」
その小さな返事を聞いた瞬間、セレンの全身に張っていた僅かな緊張の糸が、すうっと解けるように抜けていった。
「そっか」
「……びっくりしただけです」
「うん」
「すごく」
「うん」
セレンは困ったように自嘲気味に苦笑する。
「それは……俺もびっくりした」
「……セレンさんも?」
「……うん」
ナナセは思いがけないセレンの白状に、少しだけ目を丸くして驚いた。
そして――二人の間に、また妙な静寂が落ちる。
けれど今度の沈黙は気まずいものではなく、どちらからともなく、互いに少しだけ可笑しそうに笑いがこぼれた。
さっきまで二人を包んでいた気まずいぎこちなさが、春の雪解けのようにほんの少しだけ解けていく。
セレンはナナセの持っている水のコップを優しく指差し、
「水、ちゃんと飲んで」
「はい」
と、いつもの頼もしい調子で優しく促すのだった。




