第111話 扉の奥で
セレンが寝室から静かに出てくると、キサがまだ部屋に居て、リビングのソファに腰を下ろしていた。
「寝た?」
「うん」
「そっか」
キサは一度、扉の閉まった寝室の方へ視線を向け、確認するように少しだけ間を置いた。
「ナナセのことだけど」
「……うん」
「身体そのものは、治療でほとんど回復してるんだ」
セレンは言葉を挟まず、静かにキサの顔を見つめる。
「ただ、削られた魔力までは、身体みたいにすぐ戻るものじゃない」
キサは医師としての真摯な眼差しで、静かに言葉を続けていく。
「長い間、魔力を酷使してたからね。妖精には魔力を作ったり、身体の中で循環させたりする器官があるんだけど、そこ自体がかなり疲弊してた。治療で傷んだところを治しても、機能まで一気に元通りになるわけじゃない」
「……今もってこと?」
「そう。でも、ゆっくりだけど、ちゃんと戻ってきてる」
キサのその言葉に、セレンは少しだけ安心したように息を吐き出した。
「じゃあ、今日の熱は?」
「昨日、大泣きしたんでしょ」
「……ああ」
「たぶん、それがきっかけだね」
キサはどこか可笑しそうに苦笑する。
「ずっと張り詰めてた精神と身体の負荷が、一気に切れたんだと思う。そうすると身体に魔力が追いつこうとして一気に回復しようとすることがある。今まで抑え込まれてた魔力も動こうとするから、その反動で身体の方が少し不安定になったんじゃないかな」
「……そんなところにまで影響するんだ」
「ナナセの場合、今までのこともあるからね」
そこまで言うと、キサは安心させるように穏やかに笑ってみせた。
「でも、悪いことじゃないよ。むしろ、ここからはどんどん出来ることが増えてくると思う」
セレンは、キサの言葉を噛み締めるように、少しだけ離れた寝室の方へと視線を遣る。
「……そうなんだ」
「うん。ただ」
キサの声のトーンが、少しだけ真面目なものへと変わる。
「今後も無理はさせないで」
「それは分かってる」
「きっと、昔の感覚で魔法を使いだすタイミングが増えると思う。でも、魔力が戻ってきてる途中だからこそ、使いすぎればまた身体に負担がかかる」
「……うん」
「出来るようになっていくことは、素直に喜んでいい。でも、急がせなくていいよ」
「……何かを急かすつもりは微塵もないけど」
「ははっ。それもそうか」
セレンの即答に、キサは楽しそうに笑った。
じゃあ何かあったら呼んで、と言い残したキサが去り、静けさを取り戻した部屋で、セレンはもう一度、ナナセの眠る寝室の方へ優しく目を向けた。
「……ゆっくりでいいよ」
セレンは静かにそう呟くのだった。




