第104話 ハチドリの導き
それから、ポロポロと涙をこぼし続けるナナセを見つめ、少し困ったように優しく笑うセレンは言動を続けた。
「それに、ナナセは自分より大切なものみたいに言うけど」
セレンは、ナナセの頬にいつまでも残る温かな涙を、大きな指先でそっと丁寧に拭い去る。
「俺は、ナナセも同じくらい大切だよ」
そう言って、愛おしさに満ちた静かな笑みを浮かべた。
そしてそのまま、腕の中にすっぽりと収まる小さなナナセの身体を、溢れる情愛ごと胸の中へとしがみつくように抱き寄せた。
「……っ」
ナナセの身体が、歓喜と戸惑いで小さく激しく震える。
セレンの確かな胸に頬を強く押しつけたまま、あまりの温もりにしばらくは言葉を発することすらできなかった。
けれど――。
「……う、っ」
次の瞬間。
溢れ出る感情の堤防が決壊したように、唇の隙間から途切れ途切れの声が漏れ出した。
「……っ、うぅ……」
涙が、次から次へと溢れ出して止まらない。
さっきまで静かに流していた涙とは、明らかに違っていた。
どんなに抑え込もうとしても、胸の底から湧き上がる衝動を止める術などなかった。
ナナセはセレンの服を、小さな指先でぎゅっと強く掴みしめた。
「……っ、セレン、さん……」
「うん」
「……私……」
声が激しく震える。
あまりの感情の渦に、うまく言葉にすらならない。
セレンは何も焦らせることなく、ただナナセの小さな背中を、ゆっくりと何度も撫で続けている。
「……大切、って……」
「うん」
「……何もして、っ……」
そこまで必死に言ったところで、また激しいしゃくり上げで声が詰まってしまった。
ナナセはぐしゃぐしゃになった顔を隠すように、さらにセレンの胸元へと身体を小さく寄せた。
自分という存在は、ずっと誰かに利用されるために生きているのだと思っていた。
命じられれば身を削って動き、守れと言われれば盾になる。
必要とされるのは、自分の中にある利用価値や使役妖精としての力が必要とされているからだけ。
役に立たなくなれば捨てられ、壊れればそれまで。
それが、ここに来てからずっと当たり前の世界の全てだったのだ。
だから――。
何の役に立っていなくても、自分という存在そのものを「大切だ」と言われることが、こんなにも苦しいほどに嬉しいなんて、これまでの人生で知る由もなかった。
自分はセレンに何もしてあげられていないのに。それなのに、こんなにも見返りを求めない無償の温かみを注いでくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
「……っう……」
溢れる涙としゃくり上げで、うまく息を吸うことすらできない。
けれど――こうしてセレンの温かな腕の中に包まれていると。
不思議なことに、今度はちゃんと胸いっぱいに息を吸うことができる。
温かい。
セレンの胸から、一定の鼓動を刻む心臓の音が優しく聴こえてくる。
自分はここにいていいのだと、セレンの隣に生き続けていいのだと、身体の奥深くから少しずつ、確実に理解していく。
「……大丈夫」
セレンの低い声が、すぐ耳元で優しく響く。
「泣いていいよ」
ナナセは言葉での返事の代わりに、掴んでいたセレンの服をさらに強く、離すまいと握りしめた。
そして、幼い子どものようにわんわんと声を上げて、胸の中で泣きじゃくった。
セレンは言葉を重ねることもなく、ただその愛おしく小さな身体を、壊れものを慈しむようにしっかりと抱きしめ続けたのだった。




