金で動く噂
考えても仕方がないか。
エドワルドはそう呟きながら椅子から立ち上がった。机の上には書類が積まれている。
町の整備。
住人の名札。
配給記録。
防壁外の物見櫓。
やる事はいくらでもある。
だが――今気になるのは別だ。
ラーデン領とモルガン領。
あの名も無き騎士がここまで走り抜けた以上、ただの噂ではない。
何かが起きている。
「……」
エドワルドは小さく息を吐いた。
「考えても仕方ないか」
立ち上がる。
「商人共に聞き取りでも行くか」
レオンが振り返る。
「商人ですか?」
「ああ」
エドワルドは頷く。
「あいつらは鼻が利く」
戦の匂い。飢えの匂い。儲けの匂い。
そういう所で商人は妙に敏感だ。
「噂でもいい。何か掴んでいる可能性はある」
レオンが苦笑した。
「確かに商人は情報屋でもありますからな」
二人は市場へ向かった。
昼の市場は、そこそこ賑わっている。
まだ本格的とは言えないが、町の経済は少しずつ回り始めていた。
商人達は荷を広げ、兵や住人とやり取りしている。
エドワルドが姿を見せると、何人かの商人が軽く頭を下げた。
その中の一人に声を掛ける。
「おい。ラーデン領とモルガン領」
商人が顔を上げた。
「……はい?」
「何か聞いていないか?戦の話だ」
商人は少し黙った。
「ラーデン領とモルガン領?」
「ああ」
エドワルドは頷く。
商人は肩をすくめた。
「……戦が始まったって話は聞いてますが」
「噂程度でも構わない」
エドワルドが言う。
商人は少し首を傾げた。
「さー?どうでしょうねぇ……」
エドワルドがじっと見つめる。
すると商人の口元が、わずかに緩んだ。
ニヤリと。
「……」
エドワルドの目が細くなる。
「何だ?ニヤついて。馬鹿にしているのか?」
商人は慌てて首を振った。
「いやいや。そんな事は」
だがその時、エドワルドは気付いた。
商人の右手。
人差し指と中指。そして親指。
それを、ゆっくりと擦り合わせている。
スリスリと。
「……」
エドワルドの眉がぴくりと動いた。
「チッ」
小さく舌打ちする。
内心、苛立ちが湧いた。
だが――理解はしている。
「そういう事か」
エドワルドは懐から小さな銀貨を取り出した。
それを指先で弾く。
チャリンと商人の手の中に落ちた。
商人の顔が一瞬で変わる。
「いやぁ、流石は領主様!話が早い」
エドワルドは冷めた目で言った。
「情報も金次第か」
商人は肩をすくめる。
「すまないね、領主様!でもあくまで噂ですよ?」
「構わん。言え」
商人は少し声を落とした。
「どうも……モルガン領が優勢って話です」
エドワルドの眉がわずかに動く。
「モルガンが?」
「はい。仕掛けたのは……」
商人は少し言葉を選んだ。
「ラーデン領って噂です」
エドワルドは腕を組んだ。
「……そういう事か」
商人は続ける。
「ラーデンは元々小麦を育てるには向かない土地なんですよ」
「山が多い。痩せた土。だから」
商人は少し声を落とした。
「動けるうちに、って事らしいですぜ。先に仕掛けたって」
エドワルドが静かに言う。
「穀倉地帯を奪う為か」
「そういう噂です」
商人は頷いた。
「モルガンは元々穀倉地帯ですから。狙うならそこでしょう」
エドワルドはしばらく黙った。
そして言った。
「そうか。手間を掛けたな」
商人は笑う。
「また情報が入ったら教えますぜ」
エドワルドは背を向けながら言った。
「期待しないで待っている」
市場を離れる。
レオンが横で言う。
「筋は通っていますな」
「ああ」
エドワルドは頷いた。
「動ける内に奪う。目の前は有数の穀倉地帯」
レオンが笑う。
「エドワルド様でも?」
エドワルドは少しだけ考えた。
そして答える。
「……」
「可能性はある」
小さく呟いた。
「俺でも、そうするかもしれないな」




