名を刻む札
簡易ながら葬儀は終わった。
丘の上には、小さな土の盛り上がりが残っている。
その前には、粗末な木の標が一本だけ立てられていた。
風が吹く。誰の名も刻まれていない墓。
エドワルドはその前に立ち、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと町の方へ視線を向ける。
この出来事は、あっという間に町へ広がった。
モルガン領から来た伝令。
背中に矢を受けながらも走り続けた騎兵。
死んだまま馬に縛られ、ここまで辿り着いた男。
兵達は多くを見ていた。
それを隠すことは出来ない。そして兵達の口から、町へと広がっていった。
町の者達は、改めて感じ取ったのだ。
ここは安全かもしれない。
だが――町の外は、平和とは程遠い。
戦がある。死がある。
あの騎兵の様に、誰かが命を賭けて走り続けている。
最近までの穏やかな空気とは、どこか違う。
町全体に、少しだけ緊張した空気が漂っていた。
エドワルドは小さく息を吐く。
「ふぅ……」
別に引き締めようとした訳ではない。
だが噂を止める事も出来ない。
事実なのだから。見ていた兵も多い。
「……仕方ないな」
エドワルドは再び墓の方を見た。
「名も無い兵士よ」
低く呟く。
「故郷では無いが……安らかに眠れ」
風が土を撫でる。
「名も無き……か」
その言葉を口にした瞬間、エドワルドの思考が止まった。
「……ん?」
少しだけ顔を上げる。
「待てよ」
名が分からない。
だから、この墓には何も刻めない。
「……なら」
考えが形になっていく。
「木札……いや」
木では駄目だ。腐る。
「薄い金属片ならどうだ」
銅や鉄の薄い板。そこに名を刻む。
兵の首や胸に下げさせる。
「そうすれば」
もし戦で死んでも誰なのか分かる。
誰の墓なのか分かる。
「……悪くない」
エドワルドはさらに考える。
「兵だけじゃない」
住人にも渡す。名を刻んだ金属片。
それを持たせれば、町の住人の把握もしやすくなる。
何処の誰かすぐ分かる。
「一石二鳥だ」
エドワルドは小さく笑った。
「文官にまとめさせれば良い」
制度として整える。名を刻んだ金属片。
町の者は必ず持つ。兵も同じ。
「……良い発想だ」
エドワルドはその場で決めた。
「早速、指示を出すか」
丘を降りながら言う。
レオンが横で聞いていた。
「何をです?」
エドワルドは答えた。
「名札だ」
「名札?」
「兵に持たせる。もし戦で死んでも、名が分かる」
レオンは少し考えた。
「……悪くありませんな。兵も喜ぶでしょう」
自分の名が残る。
それは戦う者にとって、意味がある。
エドワルドは続けた。
「その後は住人にも」
「住人にも?」
「町の人間の把握にもなる」
レオンが小さく笑う。
「…‥成る程。管理も出来ますな」
エドワルドは頷いた。
「今の空気なら、問題ない」
あの騎兵の話。
それが町に広がった今。
人々は、外の危険を知った。
だから秩序も受け入れやすい。
その日のうちに文官達へ命令が下った。
名を刻む金属片を作れ。
まずは兵。
次に町の住人。その案はすぐに発布された。
そして――
新しい制度は、静かに町に広がり始めた。




