沈黙の騎兵
市場の騒ぎから数日が経っていた。
それ以来、大きな揉め事は起きていない。
配給の確認も終わり、物見櫓の建築も順調。曙町からの農作物の芽も出始めている。
町は静かだった。
「……悪くない」
エドワルドは城壁の上から町を見下ろした。
人が歩き、商人が声を上げ、子供が走る。
平和な光景だった。
「これが続いて欲しいものだ」
レオンが隣で頷く。
「そうですな」
その時だった。
カーン!カーン!カーン!
見張り台の鐘が鳴った。
三度。警戒の合図だ。
エドワルドは大きく息を吐く。
「……はぁ」
レオンが苦笑した。
「静かな日常は、まだまだ先ですな」
「そのようだ」
見張りの兵が駆け下りてきた。
「報告!丘の上に騎兵らしき者が一騎!」
「一騎?」
エドワルドが眉をひそめる。
「敵か?」
「それが……動きません」
「私も見に行く」
エドワルドとレオンは城壁の上へ向かった。
遠くの丘に、確かに馬の影が見えた。
一騎の騎兵が、じっとこちらを見ている。
「レオン、どう思う」
レオンは目を細めた。
「騎兵が一騎ですが……武装はマントで隠れてよく見えませんな」
確かに長いマントが装備を覆っている。
紋章も見えない。
敵か味方か判断がつかなかった。
門番が大声を張り上げる。
「おーい!目的は何だ!」
声は丘まで届いた。
だが騎兵は動かない。
返事もない。
ただそこに立っている。
「……反応が無いな」
エドワルドが呟いた。
レオンも首を傾げる。
「警戒している様子はありますが……武器を構えている訳でもありません」
門番が再び叫ぶ。
「名乗れ!何者だ!」
それでも沈黙。
三度目の呼びかけ。
「ここはグレイス領の管理下だ!」
それでも、何の反応もない。
「……妙だな」
エドワルドが腕を組む。
盗賊なら逃げる。
難民なら助けを求める。
使者なら名乗る。
あの騎兵はどれでもない。
その時だった。
レオンが小さく声を漏らした。
「……ん?」
「どうした」
「肩に……」
「何?」
「鴉が止まりました」
エドワルドが目を凝らす。
確かに黒い影が騎兵の肩に止まっていた。
鴉だ。
じっと動かない。
「……レオン」
「はい」
「この世に鴉と話せる人物が居ると思うか?」
レオンが笑う。
「まさか。御伽話でもありますまい」
エドワルドも小さく笑った。
「だろうな」
何だ?何かがおかしい。
「小隊長!」
エドワルドが声をかける。
「はっ!」
「数名連れて近づけ。ただし、こっちから手は出すな」
「了解しました!」
兵が数名、門から出た。
慎重に丘へ向かう。
「……」
エドワルドは目を細める。
普通ならこの時点で何か動く。
逃げる。
話す。
武器を取る。
騎兵はまだ動かない。
「余程の自信か……」
レオンが呟く。
兵達が丘に近づく。
距離は二十歩ほど。
その時だった。
一人の兵が足を止めた。
ドサッ!
尻もちをつく。
「何だ!?」
もう一人も転んだ。
ドサッ!
エドワルドが眉をひそめる。
「……どうした?」
丘の上の兵達が混乱している。
何かに足を取られたようだ。
レオンが低く呟いた。
「……まさか」
「何だ?」
「罠……ですか?」
エドワルドは丘の騎兵を見つめた。
その騎兵は、まだ動かない。
静かに。こちらを見ていた。




