膨らむ欲
火種は小さい内に消さなければならない。
エドワルドは、昨日の市場での騒ぎを思い出していた。
あれは小さな出来事だった。
だが、小さい火種ほど見逃せない。
一度燃え広がれば、簡単には消えないからだ。
「まずは事実の確認だ」
エドワルドはすぐに文官へ命じた。
配給の状況を確認しろ。
帳簿を持って来させる。
配給の量。
人数。
在庫。
細かく目を通す。
だが――
「……問題は無い」
帳簿の数字は、すべて合っていた。
配給は予定通り。
不足も無い。
むしろ、まだ余裕はある。
「配給場所は?」
文官が答える。
「はい。記録通りに配っています」
「現場を見に行く」
エドワルドは配給所へ向かった。
木造の倉庫。
その前に並ぶ人々。
兵が順番を管理し、袋を渡している。
中身は――乾燥肉。蕪。黒麦。
量は、帳簿通り。
誰かが不正をしている様子もない。
「……変わり無しか」
兵に尋ねても同じ答えだった。
「問題は起きていません」
さらに、エドワルドは別の報告を聞く。
潜らせている情報隊。
町の中に紛れ込ませている者たちだ。
その報告も同じだった。
「配給は足りています」
「不満は一部の者だけです」
「飢えている訳ではありません」
「……」
エドワルドは黙り込んだ。
そして、舌打ちする。
「ちっ……」
内心、苛立ちが湧いていた。
飢えている時。人は食を求める。
それは当然だ。生きている証だ。
だが。
食が安定すると――今度は量を求め始める。
もっと食べたい。
もっと欲しい。
昨日の男も、そうだった。
腹が減っていた訳ではない。
ただ――欲しくなっただけだ。
「……配給は十分なのに」
エドワルドは呟いた。
この町の食料は、決して潤沢ではない。
まだ余裕があるだけだ。
曙町の収穫も、これから。
物見櫓の建設も進んでいる。
兵も増えている。
消費は増える一方だ。
油断すれば簡単に崩れる。
レオンが腕を組んだ。
「人というものですな」
エドワルドは視線を向ける。
「どういう意味だ」
「飢えていれば文句は言わない」
「食えるようになると、不満が出る」
レオンは肩をすくめた。
「贅沢な話です」
エドワルドは配給所を見渡した。
並ぶ人々。静かな顔。
だがこの中に、不満が芽生えている。
小さな芽。まだ見えないだけだ。
「……対策を取る」
レオンが目を細めた。
「締めますか?」
エドワルドは少し考えた。
「いや締めすぎれば反発が出る」
「なら?」
エドワルドは言った。
「働かせる」
レオンが笑う。
「成る程」
「配給だけでは駄目だ」
エドワルドは続けた。
「人は、与えられた物を当然と思う。だが働いて得た物は違う」
人はそれを守ろうとする。
「仕事を増やす。物見櫓だけじゃ足りない」
「町の整備、道路の修繕、農地の開墾、全部だ」
レオンが頷いた。
「働けば食える。食えなければ働く。分かりやすいですな」
エドワルドは静かに言った。
「この町は、まだ脆い。一つの不満で壊れる」
だから壊れる前に動かす。
「……怠ける余裕は与えない」
その声は、冷たかった。




