流入の影
偵察隊の報告書が回って来たので目を通す。
「……ラーデン領の村と接触」
ここから更に東。
ラーデン領は確か——勇壮な穀倉地域だった筈だ。
黒土の広がる平野。大規模な農地。
王都への穀物供給の要。
「となると……」
仕掛けたのはモルガン領か?
モルガン領の細かい情報は無い。
山が多く、穀倉というより林業と鉱山の地。
不作が直撃すれば、より厳しいはず。
「飢えた側が、動いたか」
だがそれは推測に過ぎない。
どちらが先に剣を抜いたかなど、もう意味は薄い。
戦が始まったという事実だけが重要だ。
「難民が押し寄せて来る可能性は?」
レオンが腕を組む。
「全く無いとは言えませぬな」
「だな」
ラーデンが敗れれば穀倉が崩れる。
モルガンが敗れれば山地から流民が出る。
どちらに転んでも、波は広がる。
「……ん?」
ふと地図を見て、手が止まる。
「待てよ」
最短距離。
ここへ来るには——
「王都を経由する可能性がある」
レオンの目が細くなる。
「……確かに」
王都は廃墟。だが、街道はまだ生きている。
「もし難民が王都を通って来たら」
言葉が重くなる。
「疫病を運んで来る可能性がある」
焼けた瓦礫。腐敗した遺体。
地下に残った水。
王都は、病の温床になっていても不思議ではない。
「しかも」
エドワルドは続ける。
「長距離移動。食料不十分。体力も落ちている」
「免疫も弱っておりますな」
「そうだ」
病が出れば——この町は一気に崩れる。
戦より厄介だ。剣では防げない。
「レオン」
「はっ」
「入町前に隔離区域を設ける」
即断だった。
「隔離……ですか」
「ああ」
町の外側。旧外壁の外。
仮設の柵。簡易宿舎。
「三日——いや、五日は様子を見る」
「発熱、咳、皮膚の異常」
「記録させろ」
「医療経験のある者を探します」
「足りなければ元騎士団の衛生兵を回せ」
レオンは頷く。
「食料はどうします?」
「最低限は支給する」
ここで追い返せば彼らは野盗になる。
「だが町の中には入れない」
線を引く。守るための線だ。
「嫌な時代ですな」
レオンがぼそりと呟く。
「ああ」
戦を防いでも今度は疫病。
平和を維持するには、見えない敵とも戦わねばならない。
「……守る範囲が増えたな」
エドワルドは地図を見つめる。
ラーデン。
モルガン。
王都。
そしてこの町。
全部が繋がっている。
「今はまだ遠い火事だ」
だが風向き次第で、こちらに延焼する。
「準備だけはしておく」
レオンが静かに笑う。
「相変わらず、先回りが好きですな」
「後手に回った未来を知っているからな」
小さく呟いた。
未来はもう違う。
だが崩壊の匂いは、どこも同じだ。
「……隔離区域の設営、今日中に取り掛かれ」
「はっ」
レオンが出ていく。
エドワルドは、しばらく地図を見続けた。
戦火の次は、疫病か。
守るとは。
常に、何かを拒むことでもある。
静かな町の外でまだ見ぬ波が、ゆっくりと近づいていた。




