仕組みにするという発想
元領主館の町。
臨時司令部の机に積まれた報告書を、エドワルドは黙ってめくっていた。
留守中の出来事。人口推移。治安報告。
商人の出入り。
その中の一文で、指が止まる。
「……ほぅ」
文官の筆跡。
商人経由で町の噂を聞きつけた者、数十名流入。労働希望者多数。身元は簡易確認済み。
「噂、か」
小さく鼻を鳴らす。
レオンが横で腕を組む。
「まあ、そうなるでしょうな」
「商人共め」
報告書を机に置く。
「貧しい土地で売るより、ここへ連れて来て働かせる。収入を持たせてから売る方が儲かる、か」
「理に適っております」
「……たく」
エドワルドは椅子に背を預けた。
人口が増えるのは良い。労働力が増えるのも悪くない。
町は広げた。工房もある。兵站路も整備中。
「だがな」
視線が鋭くなる。
「異物が増え過ぎると、必ず歪みが出る」
レオンは無言で頷く。
今は好景気だ。仕事がある。飯もある。秩序もある。
だが、この町はまだ“出来上がって”いない。
そこに外から人が雪崩れ込む。
思想。出自。怨恨。敵の密偵。
「……混ざり物が増えれば、濁る」
ぽつりと呟く。
「締めますか?」
レオンの問いは短い。
「締めるだけでは足りん」
エドワルドは机を指で叩いた。
「締めれば地下に潜る」
「なら?」
「流れを可視化する」
レオンが少しだけ笑った。
「監視網ですな」
「そうだ」
立ち上がる。
「接触出来る者を増やせ」
「団員を?」
「団員だけでは足りん」
歩きながら続ける。
「職人の中にも、商人の中にも、女兵にも、市井の顔で動ける者を作る」
レオンの目が細くなる。
「……情報隊?ですか?」
エドワルドは振り向いた。
「そう呼ぶか」
「名を付けるのは危険ですよ?」
「名を付けた方が管理しやすい」
淡々と言う。
「仕組みにしてしまえば楽だ」
個人の勘ではなく。偶然の報告ではなく。制度として、監視する。
「報告の経路を一本化しろ。軽微な揉め事も全て吸い上げろ」
「はい」
「怪しい流れは初動で潰す」
レオンが苦笑する。
「最近、随分と先回りしますな」
「守るためだ」
即答だった。
だがその声は、少しだけ冷えている。
町は拡大している。
市場は回り始めている。兵は増えた。
エドワルドの中では、別の何かも拡大していた。
疑い。
管理。
制御。
「……自由に任せるには、まだ早い」
ぽつりと呟く。
レオンは何も言わなかった。
ただ、静かに命令を受ける。
こうして、元領主館の町には、新たな“目”が生まれた。
守るための目。だがそれは。
いつか、誰を見張るための目になるのか。
まだ誰も、知らない。




