芽吹きの町、帰るべき前線
翌日。
エドワルドは隊を率い、帰路についた。
行きの強行軍とは違う。
今度はゆるやかに、余裕を持って。
「たまには、いいだろう」
馬上で小さく呟く。
軽い息抜きだ。
戦の緊張から解き放たれた兵たちも、どこか表情が柔らかい。
それでも警戒は解かない。
だが、急ぐ必要はない。
数日後。
曙町の外壁が見えてきた。
まだ新しい木柵。簡素な見張り台。
煙突から上がる白い煙。
「……いい煙だ」
生活の煙だ。
門をくぐると、子供たちが走り回っている。
荷車を引く男。井戸で水を汲む女。
畑では数人が土を整えていた。
戦場とは別の世界。
まだよちよち歩きだが——
確実に“町”になりつつある。
「芽が出ております」
文官が報告に来る。
「蕪は順調。黒麦も問題ありません。
土の状態も、悪くないかと」
エドワルドは畑に目を向けた。
小さな緑の芽。
まだ頼りないが、確かに命だ。
「これなら、秋にはいけるな」
「はい。黒麦、小麦、じゃじゃ芋も収穫可能かと」
風が吹く。芽が揺れる。
戦火の向こう側で、ここだけは、静かに育っている。
「気候の詳細が分かれば、もっと明確になるが……」
エドワルドは空を見上げた。
「過去の書物も失われている。記録が無い」
「これから積み上げるしかありませんな」
文官が答える。
「そうだな。ここが最初の基準になる」
王都は灰。旧領は瓦礫。
だがここは違う。“ゼロから作る町”だ。
「よくやっている」
短く言うと、文官は深く頭を下げた。
エドワルドはしばし町を見回った。
商人の小さな露店。
木工場から聞こえる槌の音。
畑を踏み固める足音。
普通の営み。守るべきものの、形。
やがて、再び馬に跨る。
「行くぞ」
次の目的地は——
元領主館の町。
城壁が見えてきた頃には、空が赤く染まり始めていた。
ここは前線。曙町とは違う空気。
見張り台の兵が旗を振る。帰還の合図。
門が開く。
「エドワルド様、ご帰還!」
兵が整列する。
エドワルドは軽く頷いた。
曙町が“未来”なら、ここは“現実”。
戦と再建の境界線。
馬を降りる。空気が少し冷たい。
「……さて」
芽吹きと灰と両方を抱えながら。
エドワルドは再び、前線の町へ足を踏み入れた。
門を抜け、臨時の司令部へ入ると、すぐに文官が控えていた。
「エドワルド様。お戻りをお待ちしておりました」
「留守中の様子を聞こう」
短く言うと、文官は手元の記録板を開いた。
「避難民の流入は、以前と同様の規模で推移しております。急増は無し。受け入れ体制も維持出来ております」
「食糧は?」
「問題ありません。曙町からの分と合わせ、余裕はまだございます」
エドワルドは頷く。
「治安は?」
「盗賊の出没は減少傾向です。ここ最近は大きな襲撃はありません」
「減少……か」
戦の余波で散ったか。
あるいは、こちらの対応を恐れて近寄らぬのか。
「ただし」
文官が声を落とす。
「捕虜を数名、捕獲しております」
「捕虜?」
「はい。小規模な集団で接近してきた者たちです。盗賊とも難民とも判断しづらい者たちでして……」
「武装は?」
「軽装ですが所持しておりました。抵抗は弱く、ほぼ降伏に近い形です」
エドワルドは少し考える。
「怪我人は?」
「おりません。こちらも向こうも」
「……尋問は?」
「最低限のみ。食事と水は与えております」
「逃走の兆しは?」
「今のところは」
エドワルドは静かに息を吐いた。
「盗賊が減り、捕虜が増える、か」
形を変えただけかもしれない。
戦に敗れた兵。行き場を失った者。
あるいは——偵察。
「明日、私が見る」
「はっ」
文官は深く頭を下げた。
窓の外を見る。
前線の町は落ち着いている。
だが、水面下では何かが動いている。
「平穏に見える時ほど、注意しろ」
小さく呟く。
曙町の芽吹きとは違う。
ここは常に、何かが混じる場所だ。
守るためには、見抜かなければならない。
エドワルドは、捕虜のいる方向へ視線を向けた。
「……さて、何者だ」




