沈黙する西街道
領主館の執務室。
珍しく、書類よりも「人の気配」が少なかった。
その静けさが、妙に落ち着かない。
コンコン、と控えめなノック。
「入れ」
入って来たのは、商務担当の文官だった。
顔色が、悪い。
「……どうした」
「報告がございます」
紙を差し出す手が、わずかに震えている。
「西からの商隊が……遅れております」
「遅れ?」
「はい。本来なら三日前には到着するはずの定期商隊です」
領主は眉をひそめた。
「天候は?」
「問題ありません」
「街道の崩落は?」
「無し」
「盗賊は?」
「最近は報告がありません」
「……」
つまり。理由が、無い。
「問い合わせは?」
「早馬を出しましたが……返事が来ません」
部屋の空気が、重くなった。
「……そうか」
静かに椅子へ深く座る。
「解った。また何か異変があったら報告頼む」
「はい」
文官が下がり、扉が閉まった瞬間。
領主は、ゆっくりと息を吐いた。
「……来たか」
呟きは、誰にも届かない。
商人は、戦より敏感だ。
危険の匂いがすれば近付かない。
損をすると分かれば迂回する。
その商人が——
「来ない」
これは偶然ではない。
「……停められたな」
侵攻前に、必ずやる事がある。
情報遮断。
商隊が来れば、向こうの情勢が漏れる。
兵の動き、備蓄、噂。
だから。
「街道を押さえたか……」
兵が動いている証拠だ。
ゆっくりと立ち上がる。
窓の外。西の空を見る。
何も見えない。
だが。
確実に、何かが動いている。
「グレゴール」
「はっ」
「クラウスに早馬を出せ」
声が低くなる。
「隣国に異変あり。注意を厳に、と伝えろ」
「……やはり、来ますか」
「ああ」
即答だった。
「商人が消える時はな」
目を細める。
「戦が始まる前だ」
商いは、平和の証。それが止まるのは——
戦の前触れ。
「国境の警戒しろ!備蓄は前線優先だ!それに街道の封鎖準備も進めておけ」
命令が、矢継ぎ早に飛ぶ。
もう迷いはない。
「……いよいよ、か」
小さく笑う。
笑っているのに、目は冷たい。
王が消え、王国が崩れ、今度は。
隣国。
「やれやれ……」
椅子に腰を下ろす。
「休む暇も無いな」
だが不思議と恐怖は、無かった。
ただ。
覚悟だけが、静かに固まっていく。
西街道は。
今日も、何の知らせも運んで来なかった。
——それが何よりの、凶報だった。




