金は剣より重い
机の上。
金貨が、山になっていた。
じゃらり、と一枚転がる。
鈍い重い音。
「……多いな」
思わず呟く。
元領主館で見つけた裏金。
戦費にすれば軍が一つ動く量。
だが。
「……使いづらい」
レオンが覗き込む。
「十分すぎる額に見えますが?」
「額はな」
金貨を指で弾く。
「問題は“でかすぎる”」
「でかい?」
「パン一個買うのに金貨出す奴が居るか?」
「あー……」
ようやく理解した顔。
そう。
今この町で流通しているのは木札。
そして物々交換。
いきなり金貨を出しても——
「釣りが無い」
「商人も困るでしょうな」
「困るどころか嫌がる」
ため息を吐く。金はある。
だが、使えない。
「……父上に頼んで両替してもらうか?」
ぽつりと漏らす。
領都なら銀貨や銅貨もある。
細かく崩せる。
すぐ首を振った。
「いや……違うな」
「何がです?」
「それだと“父上頼み”だ」
この町は前線、いちいち領都に頼っていたら間に合わない。
「ここで完結させないと意味がない」
レオンがニヤッと笑う。
「じゃあ答えは一つですな」
「ああ」
二人同時に言った。
「商人だ」
その日の午後。
町に滞在している商人たちを集めた。
乾物屋。布商。鍛冶商。塩商。
そして——
一番奥に座る、灰色髪の老人。
「……両替商、か」
男は薄く笑った。
「昔は王都でやっておりました」
「今は落ちぶれましたがね」
目だけが鋭い。
完全に“金の匂い”のする男。
「で、領主様」
指を組む。
「本日は、何の御用で?」
エドワルドは金貨袋をドン、と置いた。
ズシッ。
部屋の空気が変わる。
商人たちの目の色が、一斉に変わった。
「……これを」
袋を開けると金色が溢れた。
「銀貨と銅貨に崩したい」
一瞬、沈黙。
そして老人がゆっくり笑った。
「……なるほど」
「やっと“経済”を始める気になられましたか」
「最初からそのつもりだ」
「いえ」
首を振る。
「最初は“配給”でした」
「次は“木札”」
「そして今——」
金貨を摘み上げる。
「“貨幣”です」
老人の目が細くなる。
「つまり、国家運営ですな」
国家。その単語が妙に重かった。
「……出来るか?」
「可能です」
即答。
「ですが」
指を立てる。
「手数料を頂きます」
「いくらだ」
「二割」
「高いな」
「命懸けです」
ピシャリ。
「王都は崩壊。街道は盗賊だらけ」
「銀貨や銅貨を集めるだけでも危険」
「それに」
ニヤリ。
「貨幣の流通を握るという事は、首を差し出す様なものです」
確かに商人が裏切れば、町の経済は止まる。
「……一割だ」
「一割五分」
「一割二分」
「……」
老人はエドワルドをじっと見る。
値段の問題じゃない。
「この若造がどこまで本気か」
を測っている目だ。
「……一割二分で結構」
手を差し出してきた。
「代わりに」
「何だ」
「この町で“正式な両替商”として認可を」
「独占か」
「秩序です」
即答。
「複数居れば混乱する」
確かに、偽貨。相場崩壊。詐欺。
全部起きる。
「……いいだろう」
握手。固い手だった。
商人の手。
だが、剣士より重みがあった。
「これで、この町は“金が回る”」
老人が笑う。
「おめでとうございます、領主様」
「何がだ」
「あなたは今」
金貨を指で弾く。
「本当に“国”を作りました」
カラン、と音が響く。
エドワルドはその音を聞きながら思った。
剣より、兵より、金の方が。
よほど厄介だ。
「……本当に面倒だな」
「今更ですな」
レオンが笑った。
金は血液。止まれば死ぬ。
流れすぎても死ぬ。
その管理を今から自分がやる。
「……やるしかないか」
窓の外、市場の喧騒が聞こえる。
戦場より静かで。
だが、よほど難しい戦いだった。




