信用という名の金
市場に、音が戻っていた。
「干し肉三枚!」
「木札二枚な!」
「釘は一束一枚だぞ!」
声。笑い。値切り。
数日前まで、ただ配給を待つだけだった広場が、今は完全に“市”になっている。
……不思議な光景だった。
エドワルドは少し離れた場所から、それを眺めていた。
木札が手から手へ渡る。
物が動く。人が動く。
確かに——回っている。
「うむ……」
腕を組む。
「先ずは木札で様子見、だな」
レオンが隣に立つ。
「随分、上手く回ってますな」
「ああ」
小さく頷く。
「俺が保証を付ける」
木札一枚。それはつまり。
“エドワルドが必ず価値を保証する”という約束。
「種金は……例の金だ」
元領主館で見つけた裏金。山のような金貨。
「あれを裏に置けば、当面は問題無い」
「なるほど」
「徐々に市場に流せば……まぁ、大丈夫だろ」
言いながらどこか、歯切れが悪い。
レオンが横目で見る。
「……不安そうですな」
「そりゃな」
苦笑した。
「俺、通貨なんて運用した事ない」
「はは」
「剣振ってる方が楽だ」
心底そう思うし敵なら斬ればいい。
だが。
金は斬れない。
「ここには“仕組み”そのものが無い」
ぽつりと呟く。
「仕組み?」
「皆、金が無くなった事が無い」
レオンが首を傾げる。
エドワルドは続けた。
「王国があった頃はな、勝手に回ってた」
税。
商人。
市場。
王都。
流通。
全部“当たり前”だった。
だが今は違う。
「今は、土台が無い」
「回す為の地面が無いのに、無理やり回してる」
「俺の“信用”だけで」
レオンが黙る。
確かにそうだ。
この木札は金じゃない。
法律も無いし保証機関も無い。
ただ。
“エドワルドが言ったから”通用しているだけ。
もし。
「……俺が死んだら?」
ふと口から出た。
レオンが目を細める。
「……全部紙屑だな」
「だろ?」
笑えない冗談だ。いや、冗談じゃない。
完全な事実。
「信用ってのは、怖いな」
ぽつり。
「見えない癖に、一番重い」
金より重い。
兵より重い。
「失った瞬間、全部崩れる」
レオンが小さく笑った。
「ですが」
「何だ?」
「今んとこ、あんたの信用は異常ですよ」
「異常?」
「はい」
市場を見る。
子供が木札握って走っている。
老婆が笑って干し芋を買っている。
職人が工具を買っている。
「皆、“当然の顔”で使ってます」
「疑ってない」
「それって結構すごい事ですぜ」
エドワルドは黙ってその光景を見る。
確かに、疑いの目は無い。
“使えるのが当たり前”という顔。
「……責任、重すぎるな」
「領主ってのはそういうもんでしょう」
レオンは軽く言った。
「剣で守るより、信用守る方が難しい」
「……違いない」
夕日が市場を染める。
木札がまた一枚、誰かの手に渡る。
それは小さな木片。
だが、この町の未来を支えている。
「……失敗出来んな」
静かに呟く。
もう後戻りは出来ない。
王も居ないし制度も無い。
なら、自分が作るしかない。
「……本当に、国作ってるな俺」
「今更気付きましたか」
レオンが笑った。
エドワルドも、少しだけ笑った。
不安は消えない。
だが。
回り始めた以上、止める訳にはいかない。
信用という名の金は、今日も静かに、町を回り続けていた。




