金の無い町
市場は出来たし商人も来た。
物も並んだ。……なのに。
「売れねぇなぁ……」
商人が、ぼやく。
干し肉。布。鍋。塩。確かに物は揃っている。
だが。
「客が見て終わりなんですよ」
「値段聞いて、頭下げて帰っちまう」
「金が無いらしい」
レオンが横で腕を組んだ。
「……そりゃそうですな」
エドワルドも苦笑する。
「当たり前か」
よく考えれば気付けた話だ。
保護した連中は——
全員、無一文。家も。畑も。財産も。
全部失って逃げて来た。
「買える訳ないな……」
飯は配給しているし寝床もある。
生きるだけなら困らない。
だから。
「金が必要無い生活になってる」
「ええ」
レオンが頷く。
「つまり商売が成立しない」
それはつまり。商人が去り物が来ない。
町が止まる。
「……まずいな」
市場は“活気”じゃない。“循環”だ。
物 → 金 → 物。
これが回らなければ、ただの物置き場。
エドワルドは顎に手を当てた。
「……金を渡すか?」
「配るんですか?」
「いや」
首を振る。
「それはただのバラ撒きだ。意味が無い」
働かなくても金が手に入る。
それは崩壊の始まりだ。
「……なら」
ぽつりと呟く。
「作るか」
「は?」
「この町専用の“金”を」
その日の午後に広場に人を集めた。
保護民。商人。民兵。騎士。
全員。
「今日から制度を変える」
ざわつく。
「まず、配給は続ける」
安堵の空気。
「だが」
空気が締まる。
「働いた者には“報酬”を出す」
小さな木札を掲げた。
「これを使え」
木製の札。焼き印で印を押した簡素な板。
「曙町・元領主館共通の引換札だ」
商人が目を細める。
「……代用貨幣、ですか」
「そうだ」
「この札で市場の物が買える」
「そして商人は、後で食料や物資と交換する」
つまり。札=信用。領主の保証付き通貨。
「金貨は要らない」
今この世界で金は意味が薄い。
食料と労働こそが価値だ。
「仕事をした分だけ札を渡す」
「倉庫整理、建築、警備、農作業、何でもだ」
「働けば買える」
「働かなければ配給のみ」
静寂。やがて。
ざわ……
ざわ……
空気が動いた。
「……つまり」
一人が呟く。
「普通の生活、出来るって事か?」
「そうだ」
「奪わなくていい」
「働けばいい」
その一言が、町に染み込んだ。
商人がニヤリと笑う。
「……いいですな」
「商売が出来る」
「やっと“客”が出来る」
レオンが小声で言う。
「完全に国作ってますな」
「そんなつもりは無い」
「いや、作ってます」
否定出来なかった。
王も居ないし王政も無い。
ならば、ここは。
「……俺たちで回すしかない」
配給表を書き換える。
労働帳簿を作る。札の管理。
偽造防止。
やる事は山ほどある。
だが、その日の夕方。
市場で初めて。
「これ、二枚でいいか?」
「おう、まいど」
木札が手渡され、干し肉が渡る。
その光景を見た時。
エドワルドは、ほんの少しだけ笑った。
「……やっと、町になったな」
戦場でも避難所でもない。
人が、自分の力で生きる場所。
それがやっと動き出した。




