帰還、そしてようやくの温もり
数日。
短いようで、長い道のりだった。
元王都を背に、瓦礫の匂いを引きずったまま、隊列はゆっくりと戻ってきた。
馬車の揺れは最小限に、歩調も合わせ。
無理はさせない。
戦いよりも、ずっと神経を使う帰路だった。
やがて見えてきた。
即席の拠点。
煙に人の声。
——生きている町の音。
「……戻って来たな」
思わず、そう漏れた。
胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ抜ける。
「やれやれですな」
レオンが肩を回す。
「戦より疲れます」
「同感だ」
門が開く。
中から文官、医療兵、炊き出し係が一斉に駆け寄ってきた。
「保護民優先!」
「担架こっち!」
「湯を増やせ!」
慣れた動きだ。
もう何度も繰り返してきた“受け入れ”。
だが。
今回ばかりは、様子が違った。
馬車から降りた老人が、地面に足をついた瞬間——
崩れ落ちた。
「……あ」
泣いていた。声も出さず、ただ泣いている。
「……やっと……」
その一言だけ。
それを聞いた周囲の女たちも、つられるように涙を流し始めた。
子供は、湯気の立つ鍋を見て固まっている。
「……スープだぞ」
兵が椀を差し出すと、震える手で受け取り。
一口飲んだ瞬間。
ぽろぽろと涙を落とした。
「……あったかい……」
その言葉に胸が、ぎゅっと締め付けられる。
——極限状態で地下に隠れ。
——音を殺し。
——いつ殺されるか分からず。
——何日も、冷たい水と残飯で耐えて。
そこから、さらに慣れない移動。
馬車。振動。恐怖。
そして、ようやく。
「……休んでいい」
医療兵が毛布を掛ける。
「もう大丈夫だ」
その言葉に、全員の肩から力が抜けた。
本当に、糸が切れたみたいに。
その場で眠り込む者までいる。
「……限界だったんだな」
エドワルドは小さく呟いた。
「ええ」
レオンも珍しく真面目な声だ。
「気力だけで動いてた連中です」
「王都からここまで来れただけ、奇跡ですな」
炊き出しの鍋が並ぶ。
湯気。パン。芋の煮込み。普通の飯。
だが彼らにとっては、宝物だ。
「……これだけで、いいんだよな」
「はい?」
「守るってのは」
エドワルドは遠くを見る。
「こういう顔をさせないこと、だろ」
泣きながら食べる子供。
眠る老人。安堵して笑う女。
派手な勝利も、戦果も、領地も、
そんなものより。
この光景の方が、よほど価値がある。
「……まだ、やれるな」
小さく息を吐く。だが同時に心のどこかが冷静に囁く。
——助けられたのは、二十一。
——助けられなかったのは、何万。
その重みは、消えない。
「……」
拳を軽く握る。温かい景色の中で。
胸の奥だけが、少し冷えたままだった。
それでも。
「……当面、ここを拠点だ」
レオンに言う。
「保護民が居れば、救出」
「了解です」
「まだ、終わってない」
焚き火の煙が、空へ昇る。
ここはもう、死町じゃない。
生きている場所だ。
——だから、守る。
それだけを胸に。
エドワルドは、静かに皆の様子を見守っていた。




