三日間の灯火
王都に、朝霧が降りていた。
灰と煤が混じった、薄汚れた霧。
吸い込むだけで喉が痛む。
「……三日間だけだ」
エドワルドは全員を見渡した。
「生存者の捜索は半径を区切って行う。深追いはするな」
「危険を感じたら即撤退」
「合図は煙弾」
レオンが低く続ける。
「英雄ごっこはするな。死んだら意味がない」
団員も民兵も、静かに頷いた。
誰も反論しない。
もう全員、この街を見て理解している。
ここは——“死んだ街”だと。
一日目
瓦礫をどける音。崩れた家屋。
焼けた井戸。焦げ臭さ。
「……こっち!」
団員の声。
倒れた酒場の地下から、男が一人。
痩せ細り、半ば意識朦朧。
「水……」
それだけ言って崩れ落ちた。
「担架!」
運び出す。その後。物陰から母親と幼児。
倉庫から老夫婦。
合計、七名。
少ない。
王都の規模を考えれば——あまりにも少ない。
夜。
焚き火を囲みながら、誰かが呟いた。
「……これだけ、か」
誰も答えなかった。
二日目
さらに奥へ。市場跡。広場。焼けた屋台。
そして。
「……遺体、多すぎるな」
積み重なった人影。布をかける余裕もない。
レオンが目を伏せる。
「……疫病が出る前に離れた方がいい」
その先の教会の地下。
「……生きてる!」
五人。
全員子供。
抱き合って震えていた。
「もう大丈夫だ」
声をかけた瞬間。全員、泣き崩れた。
その泣き声が、やけに大きく響いた。
——王都に、まだ人の声が残っていた。
それだけで、胸が締め付けられる。
二日目終了。
合計十八名。
まだ少ない。少なすぎる。
三日目
最終日。
範囲を広げる。城壁付近。貴族街。
焼け落ちた屋敷。
「……ここはもう無理だな」
瓦礫しかない。
レオンが首を振る。
「生存者の気配なし」
沈黙。その時、かすかな物音。
カン……カン……
「叩いてる音だ!」
急行。
崩れた地下室の中から石を叩く音。
瓦礫をどける。
土煙。そして。
「……助け……て……」
三人。
若い男女と老人。もう限界だった。
「……よく生きてたな」
自然と漏れる。
本当に。奇跡みたいな話だ。
これで——三日間の救助。
総数、二十一名。
王都の人口を思えば、あまりにも。
あまりにも少ない。
夕暮れ
崩れた城壁の上。
エドワルドは街を見下ろしていた。
灰色。静寂。もう、人の気配はない。
「……終わりだな」
レオンが隣に立つ。
「ええ」
「これ以上は、無駄死にです」
分かっている。頭では。
だが、心が、納得しない。
「……助けられたのが二十一人だけ、か」
「二十一“も”です」
レオンは静かに言う。
「ゼロじゃない」
「……」
「この二十一人は、あんたが来なければ死んでました」
少しだけ、胸が軽くなった。
ほんの少しだけ。
「……撤退する」
静かに言う。
「王都は放棄だ」
その言葉を口にした瞬間。
何かが、完全に終わった気がした。
「ここはもう、街じゃない」
ただの遺跡。墓場だ。
「行くぞ」
号令。生存者を馬車へ水と毛布。
泣きながら手を握る子供。
「……ありがとう」
何度も何度も頭を下げる老人。
エドワルドは振り返る。
灰の都。
かつて王がいた場所。未来では。
自分が処刑された場所。
「……さよならだ」
誰に言うでもなく、呟く。
そして、隊はゆっくりと王都を後にした。
蹄の音が遠ざかる。再び、静寂。
王都には——もう誰もいない。
ただ風だけが、灰を運んでいた。




