シュブスティテュ
「……ひゃ、ひゃうっ!?」
ベッドの背もたれまで這いずり、背中を壁に打ち付けた。
脳内は完全なパニック状態だ。誰。なんで私の部屋に見知らぬ超絶美少女が不法侵入しているのか。窓はちゃんと閉まっていたはずだし、何より私のトキちゃんはどこへ消えた。
硬直する私をよそに、白髪の少女は自分の白い両手をグーパーと動かして確かめると、ふぅ、と呆れたように小さくため息をついた。
指先を動かすたびに、キラキラと朱鷺色の魔力の粒子が夜気に溶けていく。彼女はベッドからするりと降りて私の目の前まで歩いてくると、しゃがみ込んで私の顔をじっと覗き込んできた。
「もう。しっかりしてよ、彩花お姉ちゃん。私がちょっと目を離すと、すぐにそうやって隅っこでガタガタ震えてるんだから」
「あ、あ、う、うあ……っ」
至近距離で合わせられる、澄んだ瞳。口調はちょっとぶっきらぼうで雑だけど、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、コミュ障の私に対する包囲網か何かだろうか。心臓のバクバクが限界突破して、今度こそ意識が遠のきそうになる。
けれど、少女の目は、驚くほど優しかった。
彼女は自分のポケットからスッと白いハンカチを取り出すと、私の目元の涙を、そっと丁寧に拭ってくれた。そのハンカチの隅には、見覚えのある『メイドインジャパン』と書かれた、ぬいぐるみの布タグがそのままくっついている。
「……え? まさか、トキ、ちゃん……?」
私が蚊の鳴くような声で呟くと、少女の頬がほんのり朱鷺色に染まった。
「……そうだよ。彩花お姉ちゃんが『身代わりが欲しい』って泣くから、私が人間の体になっちゃったの。これからは『朱音』って名乗るから。ほら、早く名前呼んでよ」
ふい、と照れくさそうに顔を背ける朱音。ツンツンしているけれど、握られた彼女の手は心地よく温かい。
まだ脳の理解が追いつかないけれど、彼女から漂う規格外の魔力の気配は、間違いなく私がずっと抱きしめていたあのぬいぐるみのものだった。私の創造魔法が、ぬいぐるみに命を吹き込んでしまったのだ。
「彩花お姉ちゃんの願いは、ちゃーんと分かってるから」
朱音は立ち上がると、ツンと胸を張った。
「彩花お姉ちゃんは、知らない人と喋るのが嫌なんでしょ? この部屋でのんびり引きこもっていたいんでしょ? だったら、その『日本一位のお仕事』ってやつ、私が代わりに全部やってあげる。彩花ちゃんはここでポテチでも食べてなよ」
「えっ……代わりに? でも、あれってすごい魔法使いじゃないとダメじゃ……」
「フン、私を誰だと思ってるの? 私に信じられないくらいの魔力を分けてくれたのは彩花ちゃんでしょ。今なら、私、なんでもできるんだから」
朱音はそう言うと、ベッドの上に転がっていた、私のスマホをひょいと拾い上げた。
ポテチのクズがついた画面を親指で払うと、今も画面を震わせ続けていた『国家魔法管理局』からの通話ボタンを、躊躇なくポチッと押した。
「あ、ちょっと!?」
止める間もなかった。朱音ちゃんはスマホを耳に当てると、さっきまでのツンデレな妹の表情から一転、ゾッとするほど冷徹で、完璧な『最高魔法顧問』の顔を作って見せた。その立ち振る舞いは、凛としていて堂々たるものだ。
「――もしもし。国家魔法管理局の方ですか? ええ、国内ランキング一位の件です。……私は一ノ瀬朱音。その一位の『身内』であり、代理人です。彼女は現在、外界との接触を一切絶っています。以降、彼女に関するすべての交渉、および国防の任務は、この私が引き受けます」
静かな室内だからこそ、スマホの向こうで、管理局の人間が大慌てで叫んでいるのが漏れ聞こえてくる。「身内!?」「代理人!?」「いや、本人じゃないと困る!」とお決まりのセリフが並んでいるようだ。
すると朱音は、ふっと冷たい笑みを浮かべた。
「本人じゃないと不満ですか? なら、これで納得していただけますか?」
朱音ちゃんが、空いた左手を軽く上に掲げ、指先を小さく一振りした。
瞬間――ドン、と部屋の空気が一気に重くなった。
窓の外、遥か上空の雲が、一瞬にして巨大な渦を巻く。どんよりとしていた東京の空が、一瞬で真っ白な氷の魔力で覆い尽くされていくのが、カーテンの隙間から見えた。エアコンの温度設定を無視して、室内にサラサラと綺麗なダイヤモンドダストが舞い散り、窓ガラスがピキピキと凍りついていく。
天候を、一瞬で変えた。それも、ほんの指先一つの動作で。
私はポカンと口を開けて、その光景を仰ぎ見るしかなかった。
『ひっ……!? いま、管理局の魔力観測班が、そちらの座標からとてつもないエネルギーを感知しました……っ! あ、あなたが、一ノ瀬朱音、さん……!?』
スマホの向こうのお役人さんが、完全に恐怖で声を震わせている。
「ご理解いただけて光栄です。では、そういうことで。……ああ、それから。我が一ノ瀬のトップ――お姉様を煩わせるような真似をしたら、次は国会議事堂ごとフリーズさせますので、ご注意を」
ピッ、と朱音は容赦なく通話を切った。
それと同時に、室内の凍てつくような冷気が一瞬で消え去る。朱音ちゃんはまたいつもの笑顔に戻って、私の元に飛び込んできた。
「やったよ、彩花お姉ちゃん! これで変な大人たちはもう近づけないよ!」
「す、すごい……すごすぎるよ、朱音ちゃん……!」
私は朱音ちゃんの手を握り締め、心の底から安堵の涙を流した。
これでいい。私はこれからも、この部屋で誰の目も気にせず、のんびりと引きこもりライフを満喫できるんだ。朱音という最強の防波堤のおかげで、私の平和は守られたんだ――。
一方その頃、国家魔法管理局の作戦本部は、未曾有のパニックに陥っていた。
「おい、先ほどの一ノ瀬朱音の魔力波形はどうなっている!?」
「測定不能です! 東京全域の天候を改変するほどの氷結魔法……暫定国内2位、いや、世界的に見ても単独で軍隊に匹敵するマスタークラスです!」
「そんな化け物が、突然現れたというのか……? しかも彼女は、あの『アヤカ』の事を、畏怖を込めて『お姉様』と呼んだぞ!」
局長は真っ青な顔で、冷や汗を拭った。
世界最高峰の魔力を持ちながら、一切表舞台に姿を現さない謎の存在『アヤカ』。 陰に潜む彼女の手足として現れた、天変地異級の天才『朱音』。
「……間違いない。我々の知らないところで、とんでもない組織が動いている」
局長は机を叩き、深刻な面持ちで部下たちを見渡した。
「彼女らのバックボーンを至急洗え。……おそらく、世界を裏から支配しようと目論む、実態不明の『謎の超能力者集団』だ。我々国家魔法管理局は、総力を挙げてこの未知の脅威を警戒せねばならん
「「「はっ!!!」」」
引きこもり部屋でポテチの袋を開けている女子高生の知らないところで。
世界を揺るがす大いなる勘違いが、今、最悪のスピードで回り始めていた。
こんにちは!よつばです!
題名はカッコよくイタリア語で統一しようとしてるんだけど、細かなニュアンスがわからないから間違ってたら教えて欲しいです。




