エートル・アンパラセ
ピコン、と枕元のスマートフォンが小気味いい音を立てて跳ねた。
薄暗い部屋の中、液晶の青白い光が天井をぼんやりと照らす。画面を覗き込むと、動画配信アプリ『ミーチューブ』の通知がずらりと並んでいた。
『【初見】東京ダンジョン一階層ソロ攻略してみたwww』
『【検証】魔法の火球でたこ焼きは美味しく焼けるのか?』
サムネイルの中で、派手な髪色をした若い男が、手のひらから小さな炎を出してカメラに向かってはしゃいでいる。
一ヶ月前、世界中にまばゆい光が降り注ぎ、全人類が『魔法』を使えるようになった。それと同時に、東京のど真ん中にも『ダンジョン』と呼ばれる巨大な大穴が開いた。現代科学をひっくり返すような希少資源が眠るその場所を巡って、世界各国は「軍事利用だ」「産業発展だ」と血眼になって調査を進めているらしい。
けれど、我が国の国民ときたら、あっという間にそれを新しいエンタメとして消費し始めていた。
画面を閉じ、私はベッドの隅でポテチを一枚、口に放り込む。パリリ、と虚しい音が室内に響いた。
「……みんな元気だなぁ」
膝を抱え、静まり返った自室を見渡す。
一ノ瀬彩花、十六歳。人見知りでコミュ障、クラスで話しかけられると窒息寸前のカエルみたいな声が出る私にとって、魔法もダンジョンも、画面の向こうにある遠い世界の話――のはずだった。
ずしり、と重い静寂を破るように、ベッドの上の机に置かれた『一枚の紙』が目に入る。
そこには、格式張ったフォントで恐ろしい文言が印字されていた。
『魔力測定結果:一ノ瀬彩花様。あなたの魔力値は国内、および世界最高峰の数値を計測しました。つきましては、我が国の防衛のため、至急、国家魔法管理局への出頭を要請します。なお、現在日本の国内暫定ランキング一位はあなたです』
「……無理」
本日何度目か分からない呟きが、カサカサの唇から漏れる。
無理だ。死んでしまう。人と喋るだけで心臓がバクバクする私に、日本の一位? 国の防衛? 政府のお偉いさんと面談? そんなところに出向いたら、緊張のあまり一秒で過呼吸を起こして倒れる自信がある。
――ブー、ブー、ブー。
突然、スマホが机の上で激しく震え出した。ディスプレイに表示されたのは『国家魔法管理局・代表』の文字。
「ひゃぅっ!? ぶぇ……っ!?」
短い悲鳴を上げて、私は思わず頭から布団をすっぽりと被った。
心臓が嫌な音を立てて脈打ち、冷や汗が背中を伝う。出たくない。外に出たくない。学校も行きたくない。ネットの掲示板でも「謎の国内一位『アヤカ』の正体とは!?」なんて特定スレッドが立っているのを見てしまった。
確かに、魔法が発現した日、なんとなく「部屋の片付けが面倒だな」と思って指先をパチンと鳴らしたら、部屋のゴミが光の粒子になって消滅し、代わりに新品のクッションが編み出された、なんてことはあった。でも、私はただ、静かに引きこ白髪をしていたいだけなのに。
「うう……ひっ、ふぇ……っ」
じわじわと涙が溢れ、シーツにしみていく。呼吸が浅くなり、頭がクラクラしてきた。
精神の限界を感じた私は、布団の中で、いつもベッドの定位置に置いている『それ』を必死に手探りで手繰り寄せ、ぎゅっと腕の中に抱きしめた。
物心ついた時からずっと一緒にいる、お気に入りの『トキのぬいぐるみ』。
長年愛用しているせいで少し驚くほどくたっとしているけれど、白いフワフワの羽に、綺麗な朱鷺色のグラデーションが入った、私にとって世界で一番安心できる存在だ。
「ねえ……トキちゃん……助けてよぉ……」
ぬいぐるみの柔らかいお腹に顔を埋め、子供のように泣きじゃくる。
「明日から、知らない大人がたくさん私に話しかけてくるんだよ……? 私の代わりに、誰か頭が良くて、魔法が使えて、ちゃんとお仕事してくれる大人が身代わりになってくれたらいいのに……」
ぽろ、と。
目元からこぼれ落ちた大粒の涙が、トキちゃんの頭の生地に吸い込まれ、小さなシミを作った。
――その、瞬間だった。
ドクン、と私の内側で、何かが激しく脈打った。
「え……?」
涙がピタリと止まる。
体の中から、底の抜けた井戸のように途方もない『何か』が引きずり出されていく感覚。魔力だ。私の体内に眠っていた、世界最高峰とかいう規格外のエネルギーが、腕の中のトキちゃんに向かって濁流のように流れ込んでいく。
次の瞬間、腕の中のぬいぐるみが、目を焼くような真っ白な光を放ち始めた。
「ひゃっ!? な、何、なに!?」
あまりの眩しさに、私は思わずトキちゃんをベッドの上に放り出し、両手で目を覆った。
光は引きこもり部屋の隅々までを白く染め上げ、まるで世界の始まりを見ているかのような、神聖で温かい魔力の粒子がキラキラと室内に乱舞する。私の『創造魔法』が、無意識の願いに反応して暴走しているのだと、本能で理解した。
やがて、十数秒ほど続いた光の奔流が、波が引くようにゆっくりと収まっていく。
「はぁ、はぁ……な、何が起きたの……?」
恐る恐る、指の隙間からベッドの上を見つめた。
そこに、くたっとしたトキちゃんの姿は、もうどこにもなかった。
代わりに、シーツの上にちょこんと正座していたのは――。
「――もう。彩花お姉ちゃん、また泣いてる」
透き通るような白髪。その内側だけが、綺麗な朱鷺色に染まった美しい髪。
雪のように白い、だけどどこか和風で上品な衣装をまとった、息を呑むほどに綺麗な女の子だった。
こんにちは!お久しぶりです!よつばです!
久しぶりの新作はどうだったでしょうか?まだ詳しくは決まってないですけど、書きたい話はたくさんあるので不定期で書いていけたらいいなと思ってます!




