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ヴェガ提督の通信から、一週間が経っていた。
通信巡洋艦と駆逐艦の二隻が、ヘリオス七に向かっていた。第七支援隊の編成としては、戦闘任務ではないため最小限。捕虜交換のためにここを訪れた時と同じ二隻だった。
艦内で、クラリッサ・フォン・ヴァイト参事官との最終確認が進んでいた。
「調印の手順、書面の確認、立会人の出席、すべて整いました」
「承りました」
「皇女殿下は、ご出席にならない」
「ご事情、伺っています」
「皇女殿下のご意向で、外務省戦時調停局長官が、皇帝代理として調印します」
「了解しました」
短い間。
「ヘリオス七には、中央連合の観察団も、通商連合の経済保証立会人も、すでに到着しています」
「直接お会いするのは」
「短い挨拶のみ、と外務省側で整理しています」
「分かりました」
ヘリオス七は、変わらなかった。
灰色の外壁、白い停戦旗の標識。交渉室は円形、中央に透明な卓。アルム採掘衛星の捕虜交換のために前に訪れた時から、ザールクヴェル残置者の引き取りのために訪れた時を経て、構造は同じだった。
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調印の卓を、参加者が囲んだ。
帝国側、外務省戦時調停局長官、皇帝代理として正面に。クラリッサ参事官が実務として隣に。レオンとミリアは、軍側補佐として、卓の端に着いた。署名はしない。
同盟側、ヴェガ提督が正面に。コルニエ参事官が実務として隣に。
立会人席に、中央連合の観察団代表と、通商連合の経済保証立会人が座っていた。共に、個人名は紹介されなかった。役職のみが、書面に記載されていた。
書面の構成は、五つの部分で組まれていた。
最初の部分、停戦の期間と境界線。一年間、現状凍結。
次の部分、捕虜全数返還と民間人帰還の保証。
その次の部分、同盟軍の北方戦線からの段階的撤退。
その次の部分、中央連合の観察団による定期観察。
最後の部分、通商連合による補給線の中立的維持。
長官が、最初に声を出した。
「以上、調印いたします」
ヴェガが応答した。
「同様に、調印する」
観察団代表が、短く言った。
「立会、確認」
経済保証立会人が、続いた。
「保証、確認」
各々の署名が、卓の上で書面に並んだ。
短い間。
「これにて、北方戦線限定の暫定停戦が、正式に成立しました」
「同様に、確認する」
「中央連合は、観察を継続する」
「通商連合は、経済保証を継続する」
調印は、それ以上の儀礼を伴わなかった。
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調印完了後、退出前の控え室。
ヴェガが、レオンに直接話しかけてきた。
「クラウゼン少佐」
「ヴェガ提督」
「停戦合意の調印、ご同席ありがとう」
「お疲れさまでした」
短い間。
「私は、北方戦線方面軍司令官代行を、辞する。停戦合意の発効を確認した後、中央方面の連絡参謀に戻る」
「戻られるのですか」
「戻る。北方戦線は、しばらく動かない。動かない指揮系統には、私は必要ない」
「了解しました」
短い間。
「君に、一つだけ言える」
「お聞きします」
「次は、もう少し、別の場所で会えるかもしれないと思う。ただし、私は、北方の外にいる。会える場所は、限られるだろう」
「了解しています」
ヴェガが退出した。
レオンは、襟を一度、指で整えた。
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ヘリオス七からの帰投中、《アルゲン》艦内。
ミリアが、停戦合意発効後の数字を整理して持ってきた。
「北方戦線の撤退完了、数字を整理しました」
「帝国側、軍人の南方への退避完了、約十八万名」
「民間人の南方への退避完了、約六十二万名」
「捕虜の全数返還、双方で約一万二千名」
「民間人の帰還、双方で約三万名」
「合計」
「帝国側、約八十二万名が南方へ。同盟側との捕虜・民間人交換、約四万二千名」
短い間。
「数字は、整いました」
「整いましたね」
短い間。
「ただし、戦死者の数字は」
「はい」
「シュテルン環礁の艦隊戦の戦死、約三千名。それまでの撤退戦での戦死、合計、別の集計です」
「家族通知は」
「軍務省の側で、進められています」
「私から、追加で通知が必要な家族は」
「サリカ補給基地ハイデン中佐の部下三名のご家族、ザールクヴェル残置医療要員四名のご家族、それから、メルケン補給拠点群の駐留兵九名のご家族」
「分かりました。私から、通知を出します」
「了解しました」
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帰投後、北方戦線後方司令部のレオンの執務室。
通信卓に、特別な暗号符号。皇女殿下からの直接通信。
「クラウゼン少佐」
「皇女殿下」
「停戦合意の調印、ご同席、ありがとうございました」
「は」
短い間。
「お話があります」
「お聞きします」
「北方戦線の指揮系統は、停戦発効後、縮小されます。あなたの『北方戦線撤収・補給再編特別監察官代理』の役割も、書類上は終わります」
「了解しました」
「ですが、私は、あなたを退かせるつもりは、ありません」
短い間。
「お聞きします」
「新しい任地を、検討しています。具体的なご通達は、来月以降になります。場所は、まだ申し上げません。ただ、北方戦線の経験を、活かしていただける場所です」
「了解しました」
短い間。
「あなたの艦隊を、残してくださって、ありがとうございました」
「残しました」
「次の場所でも、お願いします」
「呼ばれた方から、行きます」
短い間。
「お言葉、承りました」
通信が切れた。
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レオンは、引き出しを開けた。
これまでの紙が、引き出しいっぱいに重なっていた。アレシアの一行、ヴェガからの数枚の短信、皇女覚書の写し、ローエン商会の系譜図、通商連合の系列図、ヘルダーから受領した執行命令の写し、停戦予備案の通達の写し、停戦交渉の枠組み、そして、今日の調印の書面の写し。
子供の手紙が、その紙の山の一番下に、薄く埋もれていた。
レオンは、その手紙を、一番下から、そっと引き出した。
「こわいかおのしょうささんへ」と書かれた、子供の字の古い手紙だった。
読まなかった。
内ポケットに、戻した。
引き出しを閉めた。
窓外には、北方の星があった。星の位置は、いつもと同じだった。だが、星と星の間に、薄い静けさが、いつもより、わずかに長く流れていた。
通信が入った。ミリアからだった。
「少佐。家族通知の起案、お持ちしてもよろしいですか」
「お願いします」
通信が切れた。
レオンは、机の上を整理した。停戦合意の調印書の写しを、引き出しに加えるのは、明日にしよう、と決めた。今日は、これで終わりにする。
窓外の星に、視線を戻した。
北方の地図は、しばらく動かない。
動かなかった命令の代わりに、届いた命令が、いくつかあった。
届かなかった命令も、いくつか残っていた。
次に呼ばれる時、また、答える。
これで第三部は終わりとなります。
ここで一旦の区切りとし完結としたいと思います。ここまで読んだくださった皆様に改めて御礼申し上げます。
おもしろいと思っていただけたら、☆☆☆☆☆で評価いただけますと幸いです。星の数は問いません。
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他に書きたいテーマがいくつかあるので現時点では続編は考えておりません。しばらくは次の作品の準備に当てたいと思います。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




