並ぶ刃
観測卓の数字が、減っていった。接触まで、あと二時間。
ミリアが、双方の布陣を観測卓に投影した。シュテルン環礁の北方境界に、帝国側の艦影が並ぶ。中央にゼッケンドルフ艦隊、両翼にラインベルク中将の追加動員部隊、後尾に第七支援隊。南方境界には、同盟軍ヴァスケス艦隊。前衛は規模に対して厚く、本隊は中央、後衛は薄い。
「布陣、確認」
レオンの応答に、ミリアは観測卓の数字を返した。
「布陣、確認しました。同盟軍前衛、攻撃距離に接近中」
同盟軍の指揮所では、ライナルド・ヴァスケス上級提督が、星図の前にいた。五十代前半、痩せた長身、襟元には強硬派の徽章。声には、攻めの気配が、規律より先に置かれていた。
「クラウゼンの艦隊は、こちらより少ない。だが、布陣は、撤退の影が見える」
副官が、応答を待った。
「攻めますか」
「攻める。前衛、突進。中央を、貫く」
「了解しました」
ヴァスケスの声は、迷いがなかった。「前のめりの槍」と呼ばれる異名の通り、攻める姿勢が、声の中に立ち上がっていた。
-
開戦。
ゼッケンドルフ艦隊が、中央で攻勢を開始した。戦艦、巡洋艦四、駆逐艦十二が、ヴァスケス艦隊の前衛に向かって前進した。
「《ヴァイデンブルク》、前進。砲門、開け」
ゼッケンドルフの声が、通信回線に流れた。
同盟軍の前衛が、楔形で突進してきた。双方の砲撃が交わり、宙域に閃光が走った。
ゼッケンドルフ艦隊の駆逐艦二隻が、機関停止。
同盟軍駆逐艦三隻が機関停止、一隻が大破。
「攻勢の姿勢を、維持」
ゼッケンドルフの応答に、迷いはなかった。
ヴァスケスは、観測卓の前で、星図の弧を指でなぞった。
「中央を、もう一押し」
「閣下、ゼッケンドルフ艦隊、退きません」
副官の報告に、ヴァスケスは星図から目を離さなかった。
「攻めるなら、退かない。それは、軍人の規律だ」
「了解しました」
ゼッケンドルフ艦隊は、攻めの姿勢を維持しつつ、徐々に位置をずらしていた。後尾の第七支援隊が、シュテルン環礁の南西部に動く時間を、稼ぐ位置取りだった。
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ラインベルク中将の追加動員部隊が、両翼から側面圧を開始した。
東翼に戦艦三、巡洋艦十、駆逐艦三十。西翼にも同様の編成。
「軍務省直轄部隊、側面圧、開始」
ラインベルクの声が、通信回線に流れた。
「敵前衛、両翼に応答を始めています。中央への突進が、わずかに緩みました」
ミリアの報告に、レオンは観測卓を確認した。
「狙い通りです」
ヴァスケスは、両翼の圧に気づいた。
「両翼の艦隊は、どこから動員された」
副官が、観測情報を返した。
「帝国軍務省直轄、ラインベルク中将。観測情報では、伯爵系列の動員ではありますが、艦隊運用は、クラウゼン少佐の指揮下にあります」
「伯爵系列が、クラウゼン少佐の指揮下に」
「書類上は」
「書類上は、攻めるための動員だろう。だが、現場の動きは、撤退の影だ」
副官は、応答に迷いを見せた。
「お見通し、でしょうか」
「見通しではない。観測だ」
ヴァスケスは、星図の弧を、もう一度なぞった。だが、観測した構造を、攻めの判断に活かす手は、選ばなかった。教科書通りに攻め続けることが、彼の軸だった。
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第七支援隊が、シュテルン環礁の南西部に動いた。
目的は、同盟軍の後衛の薄さを利用し、撤退対象の民間船団と支援船を、後方へ流すことだった。撤退対象は、北方戦線の最後の集約点に集まっていた、軍人と民間人、合計約三万名。これまでの撤退戦の数倍の規模だった。
ハルトマン《ヴァイス》前衛、ノア《リベルテ》後尾。
「同盟軍後衛、第七支援隊の動きを観測。だが、対応が遅れています」
ミリアの応答に、レオンは星図から目を上げた。
「分かりました」
ノアの《リベルテ》からの通信が、後尾の回線に届いた。
「これまでの撤退戦で、一番、すんなり通る」
「ゼッケンドルフ閣下とラインベルク中将のおかげです」
「分かっている」
撤退対象の民間船団と支援船が、シュテルン環礁の南西部を抜けて、後方の宙域に流れていった。
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戦闘開始から数時間後、観測卓に戦況の更新が並んだ。
ゼッケンドルフ艦隊の損害、駆逐艦四隻機関停止、巡洋艦一隻被弾大破。
ラインベルク艦隊の損害、駆逐艦八隻機関停止、戦艦一隻被弾。
第七支援隊の損害、軽傷数隻。
同盟軍の損害、駆逐艦十五隻機関停止、巡洋艦三隻大破、戦艦一隻機関停止。
撤退対象、約二万人がシュテルン環礁の南西部を抜けた。残り約一万人。
通信卓に、別の回線が開いた。クラリッサ・フォン・ヴァイト参事官からの通信だった。
「クラウゼン少佐。外務省経由で、同盟軍内部からの観測情報が、流れてきました」
「内容は」
「ヴァスケス艦隊の補給線、シュテルン環礁の南方境界に集中。後衛と補給線が、結ばれています。ただし、補給線の防衛は、駆逐艦数隻のみ。脆い」
「了解しました」
「もう一つ。同盟軍最高評議会で、ヴァスケス上級提督の戦果報告が遅れています。攻めの姿勢は維持されていますが、決定的な突破はまだ。評議会内で、彼の指揮への不満が、わずかに高まっています」
「分かりました」
「情報源は、明示されていません。ヴェガ提督の関与は、推測の範囲です」
「了解しました」
通信が切れた。レオンは、観測卓の補給線の位置を、もう一度確認した。前衛と後衛の繋ぎ目に、薄い空白が出てきていた。
だが、レオンは、即座にそこを攻める判断はしなかった。攻めれば、戦闘が長引く。撤退対象を流すための時間が、削れる。
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戦闘開始から十時間後、ゼッケンドルフからの応答が、通信回線に届いた。
「クラウゼン少佐。攻勢の姿勢、維持中。だが、損害が増えてきている」
「お疲れです。あと、何時間、攻勢を維持できますか」
「八時間。それ以上は、艦隊が壊れる」
「八時間あれば、撤退対象は、全員、抜けます」
「了解だ」
ラインベルク中将からの応答も、続いた。
「軍務省直轄部隊、損害増。書類通りの執行は、まだ維持できる。だが、限界が近い」
「お疲れです」
「貴官の指示を、待つ」
「もう少しだけ、お願いします」
「了解した」
同盟軍の指揮所では、ヴァスケスが副官の報告を聞いていた。
「閣下、戦果報告が、評議会への送信から、すでに六時間遅れています」
「気にするな」
「攻勢は維持されていますが、決定的な突破はまだ、と評議会からの問い合わせが来ています」
「攻めれば、突破できる。前衛、もう一段、突進。中央を、貫く」
「閣下、ゼッケンドルフ艦隊は、退きません。さらに損害が出ます」
「攻める。退かない。それが、戦果に繋がる」
「了解しました」
ヴァスケス艦隊の前衛が、さらに前進を始めた。中央への砲撃が、密度を増していった。
ミリアの応答が、観測卓から流れた。
「敵前衛、攻勢強化。中央への圧、増えています」
「分かりました」
レオンは、観測卓の前で、襟を一度、指で整えた。
並んだ刃は、刃のまま、対峙していた。だが、どちらかの刃が、先に動くことになる。
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