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揃う艦隊

 シュテルン環礁の集結点は、複数の小惑星帯が交わる回廊の中央にあった。低温粒子の薄い霧の合間に、艦影が並んでいた。

 通信巡洋艦アルゲンの指揮所で、ミリア・エーレンベルク中尉が、編成リストを観測卓に投影した。

 第七支援隊、コア五隻、補助五隻、民間船一隻、計十一隻。

 ゼッケンドルフ艦隊、戦艦ヴァイデンブルク、巡洋艦四、駆逐艦十二、補給艦二、計十七隻。

 帝国軍務省直轄追加動員、戦艦六、巡洋艦十八、駆逐艦六十八、補給艦六、計約百隻。

 帝国側の総艦数、約百二十八隻。

「桁違いです」

 ミリアの声は、淡々としていた。

「第七支援隊の十一隻が、艦隊の中で、最も小さな単位になります」

「目立たないことが、利点になります」

 レオンは、観測卓の数字を確認した。

 通信回線が開いた。戦艦ヴァイデンブルクのオットー・フォン・ゼッケンドルフ大将。

「クラウゼン少佐。お呼びいただいた通り、参った」

「お待ちしておりました、閣下」

「指揮系統は、お前の下だ。書類は、もう通っている」

「了解しました」

「ご命令を」

「まずは、編成図と布陣の確認を、お願いします。詳細は、後ほど」

「了解だ」

 ゼッケンドルフの声は、青の縁での合流以来、変わっていなかった。重鎮の整い方は、そのままだった。

     -

 ミリアが、別の観測網の情報を、観測卓に投影した。同盟軍ヴァスケス艦隊の規模だった。

「戦艦約四十、巡洋艦約六十、駆逐艦約百二十、補給・修理艦多数。総計、約二百四十隻以上」

「規模は、こちらより多い」

「多いです。約二倍」

 短い間。

「ただし、編成の癖が、観測網から見えてきました」

「お聞きします」

「前衛が、規模に対して、不釣り合いに厚いです。後衛は、薄い」

「攻める前提の編成、ということですね」

「読みです」

「攻める前提の艦隊と、撤退を前提とした艦隊の、布陣の差は」

「攻める前提の艦隊は、後衛の補給線を守る余裕がありません」

「分かりました」

 通信卓に、中立通信回線が開いた。ヴェガ提督。

「クラウゼン少佐。私からの観測情報を、外務省側に流している」

「拝聴します」

「ヴァスケス艦隊の前衛配置、後衛の薄さ、巡洋艦の機動性能の数値、補給線の経路。観測網に上がる範囲で、流す」

「了解しました」

「敵将の人格には、触れない。観測情報のみ、伝える」

「分かっています」

「以上」

 通信が切れた。レオンは、観測卓の数字を、もう一度なぞった。

     -

 レオンは、艦隊運用の方針を、ミリアとゼッケンドルフに伝えた。

「艦隊運用の方針を、お伝えします。『上下二段』と呼びます」

「上下二段」

 ミリアが、応答欄に書き留めた。

「上の段は、書類の命令、『反転攻勢』。シュテルン環礁の確保、雪線群以南の戦線再構築」

「下の段は、現場の実質、『攻勢防御』。撤退の成立、艦隊の温存」

「書類上は、上の段の命令を執行する。報告書も、上の段の文言で書く。だが、現場の指揮は、下の段の論理で動く」

 通信回線越しに、ゼッケンドルフの応答。

「分かる。私の艦隊は、どこに置く」

「ゼッケンドルフ艦隊は、布陣の中央。攻勢の姿勢を見せる役」

「攻めるか」

「攻めます。ただし、目的は、ヴァスケス艦隊の前衛を引きつけることです」

「引きつけたら、追加動員部隊が、側面から圧をかけます」

「側面から、か」

「攻めの姿勢を見せ続ければ、ヴァスケスは前衛を厚くしたまま動かせない。後衛の補給線が、空きます」

「第七支援隊は、その補給線の影で、撤退対象の民間船団を流します」

「攻めながら、撤退を成立させるか」

「攻めるのは、撤退を成立させるための手段です」

「お前らしい」

 短い間。

「ただし、上下二段は、上の段を欺くという意味も含むか」

 ゼッケンドルフの問いに、レオンは応答を一度受け取ってから、答えた。

「文言通りの執行は、保ちます。報告書も、上の段の文言で書きます。ですが、現場の判断は、私が握ります」

「分かった」

     -

 追加動員部隊の指揮官、ラインベルク中将からの通信が、別の回線で開いた。声は、戦艦の指揮を長く務めてきた人物のものだった。

「クラウゼン少佐。私の艦隊は、軍務省直轄として、貴官の指揮下に入る」

「お待ちしておりました、中将」

「ただし、私は、軍人として、文言通りの執行を求める。書類は、軍務委員会への報告として残る」

「了解しました」

「貴官の艦隊運用に、私は口を出さない。だが、私の艦隊が、攻勢の姿勢を維持することは、書類で確約していただきたい」

「書類で確約します」

「結構だ」

 短い間。

「もう一つ、申し上げる。私の艦隊は、撤退命令には、即座には従えない。書類が必要だ」

「分かっています」

「書類が間に合わない場面では、貴官の判断で、私の艦隊を犠牲にしてもよい」

「犠牲にはしません」

「軍人としては、犠牲を覚悟しています」

「軍人としての覚悟と、艦隊指揮官の判断は、別です」

 ラインベルクは、短く頷く気配を、声で返した。

「分かった」

 通信が切れた。レオンは、机の上の編成リストに、ラインベルク艦隊の位置を、薄い印で書き加えた。

     -

 通信卓に、特別な暗号符号が表示された。皇女殿下からの直接通信。

 ミリアが回線を開いた。

「クラウゼン少佐」

「皇女殿下」

「停戦予備案の枠組み、外務省側で立ちました」

「拝聴します」

「北方戦線限定の暫定停戦、期限付き、現状凍結、捕虜交換と民間人帰還の保証。中立保証は、中央連合の観察団と、通商連合の経済保証」

「中央連合の観察団」

「ヘリオス七への派遣が、決まりました。北方戦線の艦隊戦の結果を、観察します」

「了解しました」

 短い間。

「ただし、実体化は、シュテルン環礁での艦隊戦の結果次第。私は、結果を待ちます」

「結果は、お伝えします」

「お願いします。それから、もう一度、申し上げます」

 アレシアの声は、わずかに沈んだ。

「あなたの艦隊を、残してください」

「残します」

「ありがとうございます」

 通信が切れた。レオンは、襟を一度、指で整えた。

     -

 編成と布陣の確認が、最後の段階に入っていた。

 ミリアからの報告。

「全艦、布陣完了。同盟軍ヴァスケス艦隊、シュテルン環礁の南方境界に接近中」

「接触まで」

「四十八時間です」

「ハルトマン、ゼッケンドルフ閣下、ラインベルク中将、すべての指揮官に、最終通達を」

「了解しました」

 各艦からの応答が、観測卓に並んでいく。

 ハルトマン「《ヴァイス》、配置完了」

 ゼッケンドルフ「《ヴァイデンブルク》、配置完了。いつでも、攻める」

 ラインベルク「軍務省直轄部隊、配置完了。書類通りの執行を、開始する」

 ノア「《リベルテ》、後尾。今回は、修理代の話は、後にしておく」

「お願いします」

 通信卓に、最後の中立通信回線。ヴェガ提督からだった。

「クラウゼン少佐」

「ヴェガ提督」

「観測情報は、引き続き流す。だが、私は、北方の外にいる」

「了解しています」

「君の判断を、信じる」

 レオンは、短い間を置いてから、応答した。

「お待ちください、ということを、私から言うべきではありませんね」

「言わなくていい。私の側で、見ている」

 通信が切れた。

 レオンは、指揮所の星図を見た。シュテルン環礁の南方境界に、薄い赤の点が、ゆっくりと位置を変えていく。位置が変わるたびに、観測卓の数字も、わずかに揺れた。

 レオンは、襟を一度、指で整えた。

 艦隊は、揃った。揃った艦隊の先に、もう一つの艦隊が、近づいていた。


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