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見えない線

 北方戦線後方司令部、レオンの執務室。

 雪線群以北の撤退戦から、四日が経っていた。

 グライフ大佐が、補給線調査の最初の資料束を持って入室した。書類の量は、薄くはなかった。

「過去三か月の補給不達、十二件」

 グライフが、机の上に資料を広げた。

 第一の事案は、エルツバッハ補給支援作戦の時。補給物資の二箱が、予定の経路から外れて到着した。第二の事案は、ザールクヴェル中継基地撤退の時。医療物資の一区画が、別経路で遅延着。第三、第四、第五……。資料の上で、不達の事例が並んでいた。

「個別には小さい。だが、合算すると、無視できない」

 レオンは、資料を一枚ずつ読んだ。

「経路の系列で、まとめましたか」

「まとめた。十二件のうち、八件の経路が、同じ系列商会を経由している。ローエン商会の系列だ」

「残りの四件は」

「ノルト通商組合。ヘリア海運。別系列に見えるが、所有関係を追うと、繋がる」

「同じ上流ですか」

「書類の上では、別の会社だ。だが、株主と理事会の名簿を並べると、ほぼ重なる」

「調査します」

「ローエン商会の本拠地、ノルトハーフェン民間ドック。同じ場所だ、ローエンの逮捕の時と」

 レオンは、資料を、机の中央に揃えた。

「行きましょう」

「お前と、ミリア、私の三人で行く。明日の朝に」

「了解しました」

     -

 ノルトハーフェン民間ドックは、以前と変わらなかった。

 帝都の外縁軌道に浮かぶ巨大な貨物施設、倉庫、燃料貯蔵タンク、整備バース、税関監査区画。第七貨物区画で起きた倉庫火災の痕は、修復されて、今は新しい倉庫が立っていた。

 ローエン商会の本拠地は、別の区画にあった。表向きは民間商会の応接室、内装は上品で、応接卓には、薄い金色の縁取りの茶器が並んでいた。

 迎えたのは、マルクス・ローエン副理事だった。三十代後半、洗練された服装、薄い笑み、声は柔らかい。グスタフ・ローエンの伯父によく似た目の動きを持っていたが、声の調子はもう少し穏やかだった。

「クラウゼン少佐。お会いできて光栄です。伯父からの話は、家族の間で、よく聞いていました」

「グスタフ・ローエン氏ですね」

「はい。伯父は、護送中に行方不明となりました。商会は、私が継ぎました」

「補給不達の調査で、伺いました」

「事務的な確認、というご趣旨でしょうか」

「事務的な確認です」

「では、書類を、すぐにお出しします」

 ミリアが、補給不達の十二件のうち、ローエン系列の八件のリストを出した。

 マルクスは、リストを確認した。表情は変わらなかった。

「すべて、確認します。お時間を、いただけますか」

「結構です」

     -

 別室に通された。書類の棚が、壁の三面に並んでいた。

 マルクスが提示した不達の事情は、表面上は合理的だった。

「優先順位の調整がございました。北方戦線南東部の民間退避を優先したため、補給物資の一部は、次便に回しました」

「予備在庫の不足、というケースもございます。北方戦線全体の物資量が、半年で一割減っております」

「通商航路の混雑、というケースも。これは、季節的な要因です」

 ミリアが、別の書類の細部を確認していた。

 ローエン商会は、過去半年で、別の三社と提携協定を結んでいた。ノルト通商組合、ヘリア海運、ヴェルト通商連合代理店。

 所有関係を遡る。三社とも、上流に同じ会社が並んでいた。

 書類の隅に、固有名詞が、初めて明示されていた。

 通商連合。

 ミリアは、書類の一枚を、レオンに渡した。

 レオンが書類を読んだ。

「通商連合」

 マルクスが、その言葉に、初めて表情を変えた。穏やかな笑みが、わずかに薄くなっていた。

「ご存知でしたか」

「いま、知りました」

 マルクスは、応接卓の茶器を、指で軽く揃えた。

「では、ご教示します。通商連合は、銀河の通商路を裏で支配している経済圏です。帝国・同盟双方の補給線の六割以上に、その系列が関わっています」

「六割」

「正確には、六割と少し」

 短い間。

「私どもは、通商連合の系列ではありません。代理店契約を結んだだけです。書類上は、別法人です」

「書類上は」

「書類上は」

「分かりました」

 レオンは、書類を、ミリアに返した。

 マルクスが、続けた。

「補給不達は、優先順位と予備在庫の問題です。通商連合の指示によるものではありません。少なくとも、書類上は」

「書類上は」

 レオンは、もう一度繰り返した。マルクスは、薄い笑みを戻していた。

「お時間を、ありがとうございました」

「またのご質問があれば、いつでも。書類は、いつでもお出しします」

     -

 北方戦線後方司令部に戻った後、レオンは、クラリッサ・フォン・ヴァイト参事官との通信を開いた。

「通商連合の名前が、書類に出ましたか」

 クラリッサは、報告の前から、内容を察していた声だった。

「ローエン副理事から、ご教示いただきました」

「外務省は、以前から把握しています。ただし、表立った調査は、できません」

「なぜ」

「通商連合は、帝国と直接の外交関係を結んでいません。書類上は、商会の集合体です。商会の集合体に、外交調査の権限は及びません」

「規則上は、ですね」

「規則上は」

「補給線の六割を、規則の外に置いていると」

「置かれている、と言うべきでしょう。我々が、置いたのではありません」

 短い間。

「ご報告します。皇女殿下にも、お伝えします」

「お願いします」

「ただし、これは、すぐに動かせる類のものではありません。長く、ゆっくりと、動くものです」

「同感です」

 通信が切れた。

     -

 ミリアが、整理し終えた書類を持ってきた。補給不達の十二件、ローエン系列の八件、通商連合系列の系譜図、外務省側の確認書類。机の上に、四種類の書類束が並んだ。

「補給線の代替を、組みますか」

「組めます。ただし、北方戦線の補給線は、通商連合の系列に依存している部分が、相当に多いです」

「依存度の数字は」

「外務省側の資料では、六割と少し」

「同じ数字、ですね」

「同じ数字です」

「代替できる範囲は」

「依存度を、五割未満に下げるのは、難しいです。六割を、五割五分まで下げるのが、現実的かと」

「五分の差を、どう作るか」

「軍直轄輸送と、民間船の併用、それから、補給拠点の前進配置。三つを組み合わせれば、五分の差は作れます」

「整えます」

 ミリアが応答欄に「補給線代替計画、五分の差を作る」と記入した。

 レオンは、ローエン商会の系譜図と、通商連合の系列図を、机の端に置いた。引き出しを開けた。

 アレシアの一行、ヴェガの短信、皇女覚書の写し。三枚。

 今日の系譜図と系列図を、引き出しに加えた。

 紙は、もう二枚、増えていた。

     -

 グライフが、夕方に入室した。

「補給線の調査結果は、こちらでまとめておく」

「お願いします」

「もう一つ、伝えておく。同盟軍の動きが、観測網に上がっている」

「《オルトリーヴ》ですか」

「《オルトリーヴ》は、まだ前線寄りで停止だ。だが、別系統の艦隊が、北方の別の宙域で、動き始めている」

「別系統」

「同盟軍内で、指揮系統が二つに分かれつつある、というのが、外務省側の観測だ。詳細は、まだ不明」

「分かりました」

 グライフは、扉に向かいかけて、止まった。

「クラウゼン」

「はい」

「補給線の上流が、見えない場所にあるのは、こちらだけではない。同盟側も、同じだ」

「同じ上流に、繋がっていますか」

「外務省側の観測では、繋がっている。だが、書類上では、別だ」

「書類上は」

「書類上は」

 グライフは、扉を閉めた。

 レオンは、机の上に、補給線の代替計画の白紙を広げた。

 白紙の右上に、ミリアが先ほど書いた一行が、薄く印刷されていた。

 補給線代替計画、五分の差を作る。

 レオンは、その一行の下に、自分の手で、書き加えた。

 依存度六割、規則の外。

 窓外には、北方の星があった。

 補給線は、見える。だが、その上流に走る線は、見えない。見えない線が、戦線を支え、戦線を縛っていた。


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