表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/53

動き出す旗艦

 北方戦線後方司令部、レオンの執務室。

 前の聴聞から、三日が経っていた。聴聞は保留のまま、伯爵の次の手は、まだ届いていなかった。

 扉が、軽く叩かれた。

「入ってください」

 ミリアが、観測卓の最新を持って入室した。軍服の襟元は、いつも通り規律通りに整っていた。

「《オルトリーヴ》、前線寄りで、動きを続けています。観測のみ、撃たず」

 レオンは、書類から目を上げた。

「あの中継護衛の後も、ですか」

「続いています。前線寄りの位置を、わずかずつ調整しています」

「今度は、こちらに来る可能性は」

「可能性は、あります。撤退対象の宙域が、《オルトリーヴ》の動きの予測線上にあります」

 レオンは、机の上の通達書類を引き寄せた。雪線群以北の境界宙域、エンスデール後方倉庫およびノルト第三通信中継所からの退避要請。軍人約二千五百、民間人約五千五百、合計約八千名。同盟軍前衛接触まで、六十時間。

「観測継続を。経路の予備案も、用意してください」

「複数経路の予備案、整えます」

「お願いします」

 ミリアが退室した。

 レオンは、引き出しを開けた。アレシアの一行、ヴェガの短信、皇女覚書の写し。三枚に、これまでの五枚を加えて、八枚になっていた。増えていない。

 引き出しを閉めた。

     -

 第七支援隊は、編成上の十一隻が、ほぼそのまま出撃した。

 コア五隻、補助五隻、民間船一隻。《シュテル》は、軽傷から復帰している。前回の中継護衛で軽い被弾を受けたが、機関は維持されていた。

 ハルトマン大尉から、《ヴァイス》艦長として、出撃の応答が入った。

「《ヴァイス》、配置につきます。左腕は、変わりません」

「了解しました」

 ノア・カザン船長は、《リベルテ》の指揮所から、いつも通り言った。

「修理代の話は、また後でな」

「お聞きします」

「今回は、後尾ですね」

「後尾です。機関調整中の船が、何隻かあります」

「先導しなくていい、ということだ」

「お願いします」

 出撃。

 中継宙域到達まで、八時間。

     -

 雪線群以北の境界宙域は、低温粒子の薄い霧と、削れた小惑星の残骸が混ざる、見通しの悪い宙域だった。

 第七支援隊は、予定の時刻通りに、エンスデール後方倉庫の宙域に到着した。

 二か所の拠点、エンスデール後方倉庫とノルト第三通信中継所は、宙域の中央付近に並んでいる。間に、低温粒子の濃密帯。船団の集約点には、その濃密帯の影が使える。

「集約点は、濃密帯の影です」

 レオンが指示した。

「ノアの旧航路は、使えますか」

「使えます」

 ノアの応答は、即決だった。

「南西方向に、旧鉱山航路の続きがあります。前回、中継護衛で通った航路の延長線上です」

「予備経路として、使います」

「了解」

 ミリアが、観測卓の星図に薄い印を入れた。集約点、主航路、予備経路。三つが、薄い線で繋がった。

「《オルトリーヴ》の位置は」

「集約点の北東、距離は遠い。射程外。だが、観測網には、はっきり捉えられています」

「動いていますか」

「動いています。前線寄りの位置を、わずかずつ南へ。撤退対象の宙域に、寄ってきています」

 レオンは、星図を見た。北東に、薄い赤の点。その点が、ゆっくりと位置を変えていく。

「読まれていますね」

「読まれている、と判断します」

     -

 同盟軍前衛が、予定より一時間早く、接近を開始した。

 マルコ・セヴリーノ大佐マリスタ、前衛六隻、本隊十隻、計十六隻。

 《マリスタ》の指揮所では、セヴリーノが、観測報告を聞いていた。

「クラウゼンは、また、配置を読み直す」

 副官が、応答を待った。

「楔形は、今度は中央突破にする。連絡切りは、前回、読まれた」

「了解」

 同時に、別の通信が、《マリスタ》に届いていた。《オルトリーヴ》から。

 ヴェガからの命令は、短かった。

「セヴリーノ、深追いはしないでいい。距離を取れ」

「了解。なぜですか」

「私が、撤退路の予測位置にいる。深追いをすれば、こちらの動きが、教科書通りに見える」

「教科書通り、ですか」

「クラウゼンに、教科書通りに見えれば、彼は別の手を組む。私の動きを、隠す必要がある」

 セヴリーノは、それ以上は問わなかった。命令通り、楔形の中央突破は実行する。だが、深追いはしない。

 《マリスタ》前衛は、楔形を組み、集約点に向かって突進した。

 帝国側の前衛、駆逐艦ヴァイス(ハルトマン)は、応射のみで距離維持を選んだ。

「沈めません。距離維持です」

「了解」

 ハルトマンの応答に、迷いはなかった。

 《ヴァイス》の左舷を、楔形先端の砲撃がかすめた。被弾なし。応射が、楔形の二番目の艦の機関部に当たった。同盟軍駆逐艦一隻、機関停止。

 《マリスタ》から、撤退命令が出された。楔形は、深追いせず、距離を取った。

     -

 ミリアの観測網に、変化が走った。

「《オルトリーヴ》、移動。北東から、東方向へ」

「位置は」

「集約点の東、距離は変わらず。射程外」

 レオンは、星図を見た。

 集約点の主航路は、南東方向。予備経路は、南西方向。

「《オルトリーヴ》が、東に来ました。南東の主航路に、先回りされる可能性があります」

「南西の予備経路、ですね」

「予備経路を、使います」

 撤退路の変更。第七支援隊と民間船団は、南西の予備経路に進路を変えた。ノアの旧航路の続き、低温粒子の影を伝う細い経路。

 ところが、その予備経路の出口側に、別の艦影が観測された。

「《オルトリーヴ》、再移動。東から、南東へ」

「先回りを変えてきましたか」

「変えています。南西の予備経路の出口側に、回り込もうとしています」

 レオンは、星図を見た。《オルトリーヴ》の動きは、撤退方向を予測して先回りする位置取りだった。射程外を維持している。撃たない。だが、動き続けている。

「もう一度、変えます」

「経路を、ですか」

「予備経路の途中で、北西に折れます。旧鉱山航路の、さらに古い枝航路です。ノアが知っているはずです」

 ミリアが、ノアに通信を繋いだ。

 ノア「枝航路、知っている。だが、機関調整中の船が二隻ある。曳航しながらだと、速度が落ちる」

 レオン「速度は」

 ノア「予定の七割」

 レオン「七割で、整います」

 ノア「同意する」

 第七支援隊と民間船団は、予備経路の途中で、北西に折れた。

 ミリアの観測網が、《オルトリーヴ》の次の動きを待った。

 《オルトリーヴ》は、南東で停止した。

「《オルトリーヴ》、停止。北西の枝航路には、進まず」

「読みを、外せましたか」

「外せた、と判断します」

 レオンは、星図の前で、襟を一度、指で整えた。

「撃たない、と決めているようですね」

「決めている、と読みます」

     -

 撤退完了は、予定より四時間遅れた。だが、軍人約二千四百、民間人約五千四百、計七千八百名が、南西の枝航路を経て、後方の中継基地に到着した。

 損害は、駆逐艦エルベン軽傷、戦死一、軽傷五。敵艦撃沈なし。民間船被害なし。

 報告書のタイトルは「雪線群以北、境界宙域撤収完了」。末尾の一文は「敵主力艦の前線進出を観測。直接対峙なし、射程外維持。撤退路を、計二度、変更」。

 ミリアが、応答欄に記入した。

「《オルトリーヴ》の動きは、撤退方向の予測。撃たず、観測のみ。意図、不明」

 短い間。

「不明、と書きます」

「書いてください」

     -

 同盟軍旗艦オルトリーヴの艦内。

 ヴェガが、報告を整理していた。セヴリーノからの戦闘報告、観測網の更新、《マリスタ》前衛の損害。

「セヴリーノ。楔は、また、外された」

 セヴリーノからの応答が、通信ログに走った。

「了解。なぜ深追いしないのか、ご教示願えますか」

「深追いの理由がない。我々は、追うべき相手を、まだ決めていない」

「決めていない」

「決まれば、追う。決まる前に追えば、追う相手を間違える」

 セヴリーノは、それ以上は問わなかった。

 ヴェガは、指揮日誌に、短い一行を書き加えた。

「クラウゼン少佐は、経路を二度、変えた。私の動きを、二度、読んだ。読みは、まだ衰えていない」

 もう一行、続けた。

「だが、こちらの読みも、まだ衰えていない。次は、決まる」

     -

 帰投後、北方戦線後方司令部のレオンの執務室。

 レオンは、引き出しを開けた。八枚の紙は、そのままだった。新しい紙は、加わらなかった。引き出しを閉めた。

 扉が、軽く叩かれた。

「入る」

 グライフ大佐が入ってきた。書類の束は、これまでより薄かった。

「補給線の調査要請が、軍務省から来ている」

「内容は」

「今回の撤退戦で、補給物資の一部が、予定通り届かなかった。それも、二か所の拠点だけでなく、北方戦線全体の補給線で、似たような小さな不達が、増えている」

「規模は」

「個別には小さい。だが、合算すると、無視できない」

「調査します」

「ローエン商会の系譜から、調べる」

「ローエン商会」

「あの理事は、生死不明のまま、戻ってこない。だが、商会自体は、後継者が継いだ。北方戦線の補給に、まだ深く関わっている」

 短い間。

「お前が、出てきた方がいい。書類だけでは、足りない」

「文書だけでは足りない、ですか」

「同じ言葉が、別の場所で使える」

「分かりました」

 通信が切れる頃合いだった。レオンは、机の上に補給線の調査資料を広げた。

 窓外には、北方の星があった。

 動き出した旗艦は、また停止した。動かない旗艦の代わりに、別の線が、動き始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ