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届く迎え

 第七支援隊の発進ドックは、いつもより静かだった。

 通信巡洋艦アルゲン駆逐艦ヴァイス。二隻のみ。

 戦闘任務ではないため、編成は最小限だった。撤退戦の時に並んでいた他の艦は、整備と補給のため、ドックに残っている。

 エリナ・ファルク医師が、《アルゲン》に乗艦してきた。北方医療連合からの派遣だった。

 濃灰色の実務用ジャケット。髪は短く整えられている。ザールクヴェル中継基地から退避した時とは違う服装だったが、その時と同じ印象だった。少しだけ痩せていた。

 紙の手書き名簿を、片手に抱えていた。

 レオンが、指揮所で迎えた。

「お久しぶりです」

「まだ冷たい人ですね」

「変わりません」

「結構です」

 エリナは、名簿を、指揮所の卓に置いた。以前見たものとは違う、新しい紙だった。中身は、ザールクヴェル残置者二十名の医療情報の更新版だった。

 クラリッサ・フォン・ヴァイト参事官も、同じ便で乗艦した。

「ご無事で」

 クラリッサの短い一言は、これまでも、変わらなかった。

 ミリアが、指揮所に下りてきた。

「先生、お久しぶりです」

「中尉、来ましたね」

 ミリアは、応答欄に何か書きかけて、止めた。

「来ました」

     -

 ヘリオス七は、変わらなかった。

 灰色の外壁、白い停戦旗の標識。交渉室は円形で、中央に透明な卓。アルム採掘衛星の捕虜交換のために前に訪れた時と、同じ構造だった。

 同盟軍側代表、ファビアン・コルニエ参事官が迎えた。五十前後、男性、礼儀正しい、声は柔らかい。

「クラウゼン少佐。お話には聞いております。ヴァイト参事官、お久しぶりです」

「コルニエ参事官。今回は、二件まとめて、お願いします」

 二件の捕虜交換。

 ザールクヴェル残置医療要員、生存十六名、死亡四名。同盟側からの死亡証明書付き。

 サリカ補給基地、ハイデン中佐。

 コルニエが、クラリッサに死亡四名の医学的詳細を渡した。エリナが、死亡証明書を確認した。

「医学的に、妥当です。同盟軍の医療体制は、規律に沿っていました」

「ありがとうございます」

 レオンは、立っているだけだった。発言は最小限だった。

 ミリアが応答欄に「死亡四、生存十六」と記入した。

     -

 残置医療要員十六名が、同盟軍側の保護下から帰還区画へ運ばれてきた。

 車椅子。ストレッチャー。補助歩行。それぞれの状態に応じて、ゆっくりと。

 エリナが、一人一人の名前と容態を確認していった。紙の名簿と照合する。

 その中に、若い医療技師が、いた。

 痩せていた。ザールクヴェル中継基地で「先生も、行ってください」「来なくていいです」「次の方の世話を」と言った人物だった。生存していた。車椅子で帰還してきた。

「来ました」

 エリナが言った。

「来ましたね、先生」

「迎えに来ました」

 短い間。

「もう、次の方の世話は、できなくなりました」

「これから、できます」

「お願いします」

 死亡四名の遺品も、同時に引き渡された。個人の遺品袋、医療記録、最後の状態の記録。

 エリナが、遺品袋を一つずつ確認した。引き取りの署名を、書いた。

 ミリアが応答欄に「引き渡し完了、生存十六、死亡四(遺品引き取り済)」と書いた。

 レオンは、現場で言葉を発しなかった。軍服の襟を一度、指で整えただけだった。

     -

 残置二十名の引き渡しが終わった後、別区画でハイデン中佐の引き渡しが行われた。

 ハイデン中佐は、痩せていた。軍服は整えていた。痩せた身体の上の整った軍服は、軍人の規律のように見えた。

 自分で作った捕虜名簿、紙のファイル。サリカ武装解除の時から維持してきたものだった。

「クラウゼン少佐。お久しぶりです」

「お久しぶりです」

 レオンとハイデン中佐の対面は、これが初めてだった。だが、ハイデンの応答は、何度も会ったことがあるような響きを含んでいた。サリカ補給基地で「補給評価」を読み、武装解除を選んだ時に、書類で交わしたものが、今、声に変わっていた。

「名簿を作りました。最後まで」

「拝見します」

 ハイデンが、名簿のファイルを卓に置いた。

 ミリアが受け取り、内容を確認した。サリカ武装解除時から、捕虜期間中の同盟側基地での生活記録。同じ基地の他の捕虜の名前。死亡者の記録。医療要員の証言。

 名簿は、捕虜交換の公式記録に添付される予定だった。

「私の部下のうち、三名が、現地で亡くなりました。死因は記録に」

「家族に通知します」

「お願いします」

 コルニエ参事官が、ハイデンに帰還の手続き完了を告げた。

 ハイデンは敬礼した。レオンも返礼した。

     -

 捕虜交換の正式手続きが完了した後、退出前の短い時間に、クラリッサとコルニエの非公式な対話があった。

 コルニエが、クラリッサに非公式な書面を渡した。

「ヴェガ提督からの伝言、と申しております」

 クラリッサが、書面を確認した。レオンに渡した。

 ヴェガからの短信。無署名。

 「捕虜交換、感謝する」

 「次の場所は、まだ決まっていない」

 「だが、こちらでも、整える者が必要になるかもしれない」

 レオンは、書面を読み、無言で内ポケットにしまった。

 クラリッサが、コルニエに尋ねた。

「ヴェガ提督は、北方の前線寄りで、まだ静かに停止しています」

「私は外務局ですので、軍の動向は詳しくは……。ただ、最近、評議会で議論が増えているとは聞いています」

「議論」

「お互い、整える時間がほしいというのは、共通の認識のようです」

「分かりました」

 短い別れの挨拶。レオン、ミリア、エリナ、クラリッサが退出した。

     -

 《アルゲン》艦内、医療区画。

 エリナと残置医療要員十六名が、休養していた。若い医療技師は、車椅子のまま、エリナの隣にいた。エリナが、患者の容態を一人ずつ確認していく。短い問診、紙の名簿への書き込み。

 《アルゲン》の医療区画は、戦時の中継機能を持つ装備が整っていた。だが、今は、戦闘の負傷者ではなく、捕虜から戻った者たちが、寝台に並んでいた。

 ハイデン中佐は、艦内の食堂で、簡単な食事を取った後、レオンと短い時間、向かい合った。

「私の処遇は、どうなりますか」

「現時点で、軍法上の問題はありません。配属は、軍務省の判断です」

「もし、許されるなら、現場に戻りたい」

「お申し出は、お伝えします」

「お願いします」

 短い間。

「次に呼ばれた時、出ますか」

「呼ばれれば、出ます」

「お待ちしています」

     -

 帰投後、北方戦線後方司令部のレオンの執務室。

 レオンは、引き出しを開けた。執務机に移って以来、加わった紙が、引き出しにあった。アレシアの一行。

 その隣に、ヴェガの短信を、置いた。

 紙は、もう一枚、増えていた。

 グライフが入室した。

「捕虜交換、完了したか」

「はい」

「次は、来月の聴聞だ。ヘルダーの起案、書類は届いた」

「文書で答えます」

「だが、今回は、それだけでは済まないかもしれない」

「聞きます」

「伯爵は、捕虜交換そのものを、お前の越権だと言っている」

「外務省主導です」

「分かっている。だが、伯爵は、お前を絡める手を探している」

 短い沈黙。

「整えます」

「お前らしい」

 グライフは、扉に向かいかけて、止まらなかった。そのまま、扉を閉めて出ていった。

 レオンは、引き出しを閉めた。

 窓外に、北方の星があった。

 迎えは、届いた。


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