集まる船団
発進ドックは、いつもより、混んでいた。
第七支援隊コア五隻、補助五隻、計十隻。そこに、民間船一隻が加わる予定だった。
通信巡洋艦の指揮所で、レオン・クラウゼン少佐は、編成リストを最後にもう一度、確認していた。
コア五隻。《アルゲン》、駆逐艦(ハルトマン)、駆逐艦、駆逐艦、補給母艦。
補助五隻。修理艦、医療艦、駆逐艦、《ヴェルダ》、そして新規追加の駆逐艦。
《ラザレット》と《フォルク》は、しばらく欠けていた。氷晶宙域捜索任務と、別任地への転用が、それぞれ片付いて、戻ってきた。だが、戻ったというだけで、すべての艦が新品同様、というわけではなかった。
《シュテル》の艦長が、ブリーフィング卓の前に立っていた。第七支援隊への編入は今回が初めてで、襟元の階級章は中佐だった。
「第七支援隊、初任務であります」
応答は、規律通りだった。
ミリア・エーレンベルク中尉が、編成リストを閉じた。
「短くお伝えします。第七支援隊は、艦を一隻でも沈めないことを優先します。沈めるよりも、機関を止める方を選ぶことが多くなります」
「了解しました」
「事前のお考えと、違うかもしれません」
《シュテル》艦長は、短く一礼した。
「事前のお考えは、配属の前に、伺いました。ヴァイス艦長から」
「ハルトマン大尉から」
「はい」
ミリアは、編成リストの一行を確認するように目を伏せ、もう一度、上げた。
「結構です。お席に」
《シュテル》艦長は、自艦の通信卓に戻った。
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最後の艦が、発進ドックに到着した。
民間船だった。船体に新しい補修の痕がある。塗装が、所々で色を変えていた。
ノア・カザン船長が、《アルゲン》の指揮所に上がってきた。
「修理代の話は、また後でな」
古い船長服に、厚手の防寒ジャケット。修理ドックに入る前と、ほとんど変わらない姿だった。
「お聞きします」
レオンが言った。
ノアは、指揮所の卓に、片手を置いた。
「《リベルテ》は出る。だが、今回の船団は、私の知っている船よりずっと多い」
「五十から八十隻です」
「整理は、現場でやる」
「お願いします」
ミリアが、最終ブリーフィングを始めた。
「撤退対象、軍人四千、民間人八千、合計約一万二千名。補給拠点群、四か所」
ミリアは観測卓の星図を指した。星図の上に、補給拠点群の位置が、薄く光っていた。
「ノルテッセ前進補給所、軍人千二百、民間人約二千」
「ヴェルト後方倉庫、軍人千八百、民間人約四千」
「シュタイン採掘衛星、軍人五百、民間人約千五百」
「南端通信中継所、軍人五百、民間人約五百」
「同盟軍前衛接触まで、七十時間」
レオンは、星図の四点を、目で追った。
「順番を、整えます」
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第七支援隊は、補給拠点群の宙域に、予定の時刻通りに到着した。
補給拠点群は、小惑星帯の中に四つの拠点が点在する形で構成されていた。各拠点は、相互の航路で繋がれている。星図上で見ると、四点を結ぶ航路は、不揃いな四角形に見えた。だが、不揃いな四角形であることが、撤退路の柔軟性を支えていた。
第一拠点、ノルテッセ前進補給所。
駐留兵指揮官、ライナル・ベルクマン少佐が、迎えに来た。四十代前半、痩せた顔立ち、軍服は古い型、目の周りに細かい皺、手の甲に古い火傷の痕。第七支援隊が接舷してきた連絡艇に、自ら降りてきた指揮官は、珍しかった。
「クラウゼン少佐。本拠地までよくおいでくださいました」
ベルクマンの声は、低く、はっきりしていた。
「書類より現場の方が早いと聞いていましたが、本当に来てくださるとは」
「来ました」
「拠点間の連絡は、まだ繋がっています。同盟軍の妨害は、断続的に」
ミリアが、観測卓の数値を確認した。
「妨害は、十二分前から間隔が短くなっています。同盟軍前衛の前進が、もう少し速まっている可能性があります」
「七十時間より、早いと」
「五時間ほど。具体的には、もう少しデータが必要です」
ベルクマンは、ノルテッセの指揮所に三人を案内した。
指揮所の壁に、補給拠点群の立体星図が投影されていた。四つの拠点と、それらを結ぶ航路、そして撤退対象の船団の現在位置。
「集約点を、決めたい」
レオンが言った。
「四拠点の中央付近、地形的に守りやすい場所はありますか」
ベルクマンは、立体星図の一点を指した。
「ここに、十五年前まで稼働していた、古い鉱山採掘跡があります。残骸が遮蔽になります。それから、採掘で空いた空洞が、船団の一時収容に使えます」
「使えますか」
「使えます。私が、十五年前、その鉱山で兵役の最後の二年を過ごしました」
短い間。
「集約点として使います」
レオンは、立体星図の採掘跡に、薄い印を入れた。
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《アルゲン》に戻り、指揮所で集約計画の細部を組んだ。
順序は、四拠点ごとに、出発時刻と集約点到着予定時刻を分けて組む。
「順番は、第三拠点が最初です」
レオンが言った。
「シュタイン採掘衛星」
ミリアが、立体星図の一点を確認した。
「採掘衛星は、機関調整の手間が長いです。古い船が多い。最も早く出ないと、間に合わない」
「次は、第一拠点」
「ノルテッセ、軍人が多い。後尾防衛も兼ねる」
「第二拠点」
「ヴェルト、民間人が最多」
「第四拠点」
「南端通信中継所、通信維持のため、最後」
四拠点の出発時刻が、観測卓の隅に並んだ。集約完了予定は四十時間後、南へ流す航路で十五時間、計五十五時間。同盟軍接触まで七十時間。差は十五時間。
「差は、十五時間です」
ノア・カザンが、《リベルテ》の通信卓から、加わった。
「機関の弱い船は、《リベルテ》が後ろに付く。前は他の民間船で固める」
「お願いします」
「駐留兵は、私が取りまとめます」
ベルクマンが、各拠点の取りまとめ役を引き受けた。
「お願いします」
レオンは、第七支援隊の配置を組んだ。
集約点の中央には、補給母艦、医療艦、修理艦。集約点の外縁には、駆逐艦、《イーゼ》、《エルベン》、《ヴェルダ》、《シュテル》。前衛は、駆逐艦(ハルトマン)と、通信巡洋艦。後尾は、民間船(ノア)が、機関調整中の船を曳航する役を担う。
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同盟軍前衛が、予測より三時間早く、接近を開始した。
「敵前衛、接近開始。前衛八隻、本隊十五隻、計二十三隻」
「指揮艦は」
「《マリスタ》。セヴリーノ大佐」
レオンは、配置の最終確認をした。
「想定通りの編成です」
「楔形を組んでいます。拠点間の妨害が、目的のようです」
同盟軍の指揮所では、マルコ・セヴリーノ大佐が、星図の前にいた。
「クラウゼンは、船団を集めている。連絡切りで分断する」
副官が、応答した。
「楔形を、四拠点の間に打ち込みます」
「沈めない、分断する。投降勧告は、出さない」
以前、楔形先端の喪失と引き換えに距離を取らされた経験があった。あの時の指揮日誌に、「撃つ局面でも、撃ち方を選ぶ男だ」と書いた。書いた言葉は、まだ消えていなかった。
「主力、楔形展開。前衛先端、ノルテッセとシュタインの中間航路に」
「了解しました」
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「敵前衛、楔形で展開開始。拠点間の妨害を狙っています」
ミリアが報告した。
「通信を二重化します」
「実線と予備線」
レオンの応答に、ミリアは観測卓で対応を始めた。
拠点間の通信は、これまで使われていた軍用回線を実線として残す。その下に、民間放送局の中継ブイ経由の予備線を組み上げる。観測網で蓄積していた信号サンプルを活用すれば、同盟軍が実線を切っても、予備線は機能する。
「予備線、稼働しました」
「同盟軍が実線を切るのを、待ちます」
「待つ、ですか」
「予備線が機能していることを、敵に教える前に、敵に実線を切らせます。実線が切れた後で、予備線が動いていれば、敵はもう一度、組み直さなければなりません」
ミリアは、観測卓の数値を一度確認した。
「整います」
同盟軍が実線を切った。拠点間の軍用回線が、瞬時に静かになった。
だが、別の周波数帯で、ほぼ同じ情報が、流れ続けていた。
セヴリーノは、観測報告を聞いて、独白した。
「読まれている。実線と予備線が走っている」
副官が、応答を待った。
「彼は、私の更新を、既に更新している」
セヴリーノは、指揮日誌に、その一行を、書き加えた。
-
同盟軍前衛が、拠点間の航路を妨害する形で、限定的な砲戦を開始した。
「《ヴァイス》、応射開始」
ハルトマンの声が、通信回線から流れた。
「機関停止狙いです。先端艦を狙わないでください」
「了解」
駆逐艦が、同盟軍駆逐艦と接触した。
「《シュテル》、被弾」
ミリアの声が、観測卓から流れた。
「機関維持。戦死三、軽傷十」
「《シュテル》、後退して《フォルク》の補助に」
「了解」
《シュテル》艦長の応答は、規律通りだった。「初任務」と言った時と、同じ声だった。
第三拠点(採掘衛星)の船団が、最初に到着した。集約点に流入していく。
ノア《リベルテ》が、遅れる民間船三隻を曳航している。
「ノアから連絡」
ミリアが伝えた。
「採掘衛星近傍で、民間船一隻、機関停止。低温粒子の濃密帯に入ってしまったそうです」
「乗員は」
「ノアが救助中。船体は放棄予定」
「了解」
集約は予定通り進んだ。だが、二隻の民間船が、最終的に機関停止し、放棄された。
一隻目は、採掘衛星近傍、低温粒子帯。乗員四十名、《リベルテ》が救助、船体放棄。二隻目は、第二拠点出口。機関は元から不調だった。《リベルテ》救助後、放棄。
ノアからの通信が入った。
「二隻、置いていく」
「乗員は」
「全員、救助した。船は、もう動かない」
「了解」
集約点に、民間船団五十八隻、軍人三千九百、民間人七千八百が集まった。
同盟軍前衛は、集約点に直接攻撃を仕掛けなかった。距離を維持していた。
セヴリーノは、指揮所で、副官に応答した。
「集約点の遮蔽が、思ったより厚い。直接攻撃は、損害が大きい」
「主力、再集結。連絡切りは、これ以上は無理」
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集約完了から十五時間後、最後の連絡艇が南へ向かった。
撤退対象、約一万一千七百名が、南端航路を経て、後方へ運ばれた。当初の一万二千から、機関停止艦の乗員九十名を含め全員救助。船体二隻のみ放棄。
ベルクマン少佐が、最後の連絡艇に乗艇した。
「クラウゼン少佐。書類より、現場の方が早いと、噂通りでした」
「現場が、書類より粘ってくださいました」
短い間。
「次に呼ばれたら、出ます」
「お願いします」
連絡艇は、集約点を離れた。
ミリアが報告書を起草した。
タイトルは「南端補給拠点群、撤収完了」。末尾の一文は「敵艦撃沈なし。第七支援隊損害、駆逐艦一隻軽傷。民間船二隻、機関停止により現地放棄。乗員全員救助」。
報告書は、事務的だった。書式は、これまでの作戦報告書と、ほぼ同じだった。違うのは、書かれている数字の桁だった。
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同盟軍旗艦の艦内で、セヴリーノは報告書を整理していた。
「連絡切り作戦は、想定通り展開した。だが、クラウゼンは経路を二重化していた」
副官は、応答を待った。
「集約点の遮蔽が、私の予想を上回った。古い鉱山採掘跡を集約点に選んだのは、彼の艦隊運用の質を示している」
セヴリーノは、指揮日誌の続きに、もう一行、書き加えた。「彼は、私の更新を、既に更新している」
ヴェガからの命令は、まだ来ていなかった。前線寄りで停止している《オルトリーヴ》から、何の動きも、観測されなかった。セヴリーノは、その静かさに、わずかに違和感を覚えた。だが、独白するほどの違和感ではなかった。次の報告書の項目に、移った。
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帰投後、北方戦線後方司令部のレオンの執務室。
グライフが入室した。
「捕虜交換の話が、動き始めている」
「どの分」
「外務省と同盟外務局の間で、捕虜交換の枠組みが詰まりつつある。お前の関係する者は、二件」
「ザールクヴェルの二十名と、サリカのハイデン中佐」
「そうだ。期日は来月、場所は中立ステーション・ヘリオス七」
レオンは、机の端の書類を、揃え直した。
クラリッサ・フォン・ヴァイトからの短信が、机の上に届いていた。
短信の一行。「迎えに、行けるかもしれません」
レオンは、短信を、引き出しの方には入れなかった。机の端に置いたまま、ミリアに伝言した。
「準備します」
ミリアは、応答欄に記入した。
「了解。準備します」
北方戦線後方司令部の窓外には、北方の星があった。
集まった船団のうちの二隻は、もう動かない。
集まらなかった船団に、迎えが行く。




