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銀河帝国の敗戦処理官、撤退命令だけで三万人を救う  作者: 鷹山
第二部 名のない戦場たち
37/53

呼ばれた老兵

 第七支援隊は、出撃から三日目の朝、雪線群以南、青の縁の少し向こうの宙域に到達した。

 通信巡洋艦アルゲンの指揮所では、レオン・クラウゼン少佐が、星図の前に立っていた。

 星図の上に並ぶ赤い艦影は、推定で三十五隻。

 観測網の更新は、ミリア・エーレンベルク中尉が一秒ごとに進めていた。

「敵主力、雪線群以南に展開完了」

「規模は」

「中規模艦隊として、三十五。前衛十二、本隊十五、後衛八」

「ヴェガ提督の旗艦は」

「《オルトリーヴ》、中央。本隊の中心」

「セヴリーノ大佐は」

「前衛指揮、識別艦マリスタ

 レオンは星図の中の青い艦影を確認した。

 第七支援隊、軍艦七隻と民間船一隻。

 通信巡洋艦アルゲン駆逐艦ヴァイス駆逐艦カラヴェル駆逐艦イーゼ補給母艦エルベ駆逐艦エルベン駆逐艦ヴェルダ、それに民間船リベルテ

 数で、敵の四分の一に満たない。

 レオンは配置を組み始めた。

 第七支援隊は、前方寄りに置いた。後退の余地が狭い位置。補給母艦エルベ民間船リベルテを中央、補助艦エルベン《ヴェルダ》を両翼。コア艦の《ヴァイス》《カラヴェル》《イーゼ》は、前衛から中央に置いた。

 ミリアが、その配置を星図の上で確認した。

「規模で約四倍です」

「了解」

「布陣の意図は」

「いまは、保留にしてください」

 ミリアは応答欄に何も書かず、観測網の更新に戻った。

 レオンは星図の前で、襟を一度、指で整えた。

 その動作は、いつもの整え方に戻っていた。

     -

 同盟軍指揮艦マリスタ

 マルコ・セヴリーノ大佐は、艦橋の星図の前に立っていた。

 帝国側の配置を、彼は何度か確認した。

「クラウゼン少佐、前方寄りに展開」

「後退の余地は、ありません」

「補給母艦と民間船を中央、補助艦を両翼」

「コア艦を前衛から中央」

 セヴリーノは唇の端を、わずかに動かした。

「彼の艦隊は、規模で押されている」

 艦橋の隅から、ヴェガ提督の通信が、薄く開いた。

「セヴリーノ大佐」

「は、提督」

「彼の布陣を、どう読む」

「読めない部分があります」

「具体的には」

「補給母艦と民間船を中央に保護するのは、いつも通りです。だが、後退の余地が狭い位置に前方寄りで展開する判断が、いつもと違います」

「狭く取った理由は」

「不明です」

 短い沈黙。

「進めて構わない。前衛は教科書通りに、左右分割。本隊は中央前進」

「了解しました」

 通信が薄く閉じる。

 セヴリーノは、自分の艦橋に視線を戻して、命令を出した。

「前衛、左右分割。第一波、応戦距離まで」

 同盟軍前衛が、左右に分かれた。

     -

 《アルゲン》指揮所。

「敵前衛、左右分割。第一波、応戦距離に入ります」

 ミリアの声は、いつもの平坦さだった。

 レオンは指示を出した。

「《ヴァイス》、前衛応戦。《カラヴェル》、《イーゼ》、両翼の応戦準備」

 ハルトマン大尉の声が、《ヴァイス》から返ってきた。

「《ヴァイス》、応戦距離に進出。応射のみですか」

 短い間。

 レオンの声は、いつものように平坦だった。

「先端艦を沈めます」

 ハルトマンが、間を置いた。

「沈めますか」

「沈めます」

「了解」

 ハルトマンの応答は、いつもの通り短かった。だが、その短さの中には、確認のための一拍があった。ここまでの一連の任務で、明確に「沈めろ」という指示が出るのは初めてだった。

 《ヴァイス》の主砲が、同盟軍前衛先端艦の左舷に向けて、最初の射撃を放った。閃光は短かった。先端艦の外殻が裂け、推進機の青白い噴流が乱れて、止まった。沈黙のあと、艦体は中央から崩れた。

 同盟軍前衛艦が、初めて沈んだ。

 《カラヴェル》と《イーゼ》も、両翼の応戦に入った。同盟軍前衛が、左右から第七支援隊の翼を圧する位置に動いてくる。応戦の射撃が、双方から交差し始めた。

 ミリアの観測網が、戦闘の各局面を一秒ごとに更新していった。

     -

 戦闘開始から、約一時間。

 第七支援隊の損害が、観測網に並び始めた。

「《カラヴェル》、右舷大破。砲塔三基喪失」

「《エルベン》、機関出力低下。中央寄りに撤退中」

「《ヴァイス》、被弾五。戦死二、軽傷六」

「《イーゼ》、被弾三。戦死一、軽傷四」

 民間船リベルテからも、ノア・カザンの声が入った。

「《リベルテ》、外殻に穴。補強する間もないが、まだ動ける」

 レオンは指示を出した。

「《リベルテ》、《エルベ》の影に下げてください」

「了解」

 戦況は、これまでの一連の任務とは違っていた。

 応射のみ、機関停止狙い、距離維持、では持たない。同盟軍前衛の機動が、第七支援隊の両翼を圧し、中央本隊の前進も止まらない。第七支援隊の艦は、被弾と応戦の連続で、損害を蓄積し始めた。

 戦死者が出ていた。

「敵主力、中央前進継続。挟まれます」

 ミリアの声には、初めて、薄い緊張の色があった。

 レオンは星図を見ていた。

 彼の襟が、一度、わずかに動いた。

 ミリアは、その動作を、視界の端で見た。

     -

 戦闘開始から、約二時間。

 ミリアの観測網が、戦域の南東方向に、新しい艦影を捉えた。

「艦影、確認。規模、中規模」

 ミリアの指が、観測網の表示を切り替えた。

 数秒の解析の後、識別が出た。

 彼女の声が、わずかに上がった。

「帝国軍。戦艦ヴァイデンブルク、巡洋艦四、駆逐艦十二、補給艦二」

「指揮は」

 ミリアの応答は、短く、はっきりしていた。

「オットー・フォン・ゼッケンドルフ大将」

 通信卓が、向こう側から開いた。

 低い声、整っている。査問の証言席で、肩に包帯を巻いて録画に応じていた時と、ほぼ同じ響きだった。

「クラウゼン少佐、お力添えに参った」

 レオンは星図の前で、姿勢を変えなかった。

「お待ちしておりました」

 ハルトマンの《ヴァイス》からも、応答が返ってきた。

「ゼッケンドルフ閣下」

「ハルトマン大尉。生きていてくれて、結構」

「閣下も」

 短いやり取りのあと、ゼッケンドルフの艦隊が、戦域の側面に展開を開始した。

 配置は、同盟軍中規模艦隊の側面、ヴェガの中央本隊の補給線の手前。

 戦艦ヴァイデンブルクを中央に、巡洋艦四隻を前衛、駆逐艦十二隻を扇形に展開する。中規模艦隊の標準的な機動。だが、進入のタイミングは、同盟軍が中央前進を加速させた直後だった。

 ミリアは、星図の上で、ゼッケンドルフ艦隊の配置が、レオンの第七支援隊の「前方寄り、後退余地の狭い」配置の、ちょうど死角を埋める位置にあることに、初めて気づいた。

 彼女は、レオンの方を見なかった。

 配置の意味は、もう、星図の上に書かれていた。

     -

 同盟軍指揮艦マリスタ

 セヴリーノは艦橋の中央で、星図の上の青い艦影が、もう一つの中規模艦隊として現れているのを見ていた。

「敵、増援。中規模艦隊、側面進入」

 副官の声は、緊張していた。

「規模は」

「巡洋艦四、駆逐艦十二、戦艦一」

「指揮は」

 短い間。

「ゼッケンドルフ大将」

 艦橋の隅から、ヴェガ提督の通信が、薄く開いた。

 ヴェガの声は、いつもの整い方だった。だが、その整い方の下に、一瞬、目を細めたような響きがあった。

「ゼッケンドルフか」

「は」

「読まれていたのか」

「ご明察と存じます」

 ヴェガは、短く沈黙した。

「クラウゼンの『見えない動き』、それを察知できなかった」

「は」

「私の艦隊は、彼の艦隊が見えていた。だが、見えていない艦隊までは、読めなかった」

 ヴェガの声は、感心の色を含んでいた。皮肉ではなく、敵将への評価の色だった。

「機動、全艦、中央寄りに。ゼッケンドルフ艦隊との距離を、保て」

「了解しました」

「左右を犠牲にしない。中央を保つ」

「了解」

 同盟軍の機動が、中央寄りに変わった。

     -

 ゼッケンドルフ艦隊と第七支援隊の連携指揮が、戦域の中で形を取り始めた。

 ゼッケンドルフが現場指揮、レオンが全体運用。第七支援隊は中央を支え、ゼッケンドルフ艦隊が同盟軍中規模艦隊の側面を圧する。

 戦況は、転換し始めていた。だが、決定的な勝利には至らなかった。

 双方の損害が、増えていた。

「ゼッケンドルフ艦隊、駆逐艦三隻、大破」

「同盟軍、駆逐艦三隻、沈没」

「《ヴァイス》、被弾八。戦死四、軽傷十二」

「《イーゼ》、機関停止。乗員救助、開始」

 ハルトマンの《ヴァイス》から、応答が返ってきた。

「《ヴァイス》、まだ動けます」

「了解」

 レオンは星図を見ていた。

 双方の艦隊が、互いに「攻めれば崩れる」位置に揃い始めていた。同盟軍前衛は、ゼッケンドルフ艦隊の圧に押されて、本隊との距離を保てない位置に追い込まれていた。だが、本隊が中央を保つ判断を下したため、前衛は深追いされず、本隊との連携を維持していた。

 第七支援隊とゼッケンドルフ艦隊も、損害が蓄積していた。これ以上、前進すれば、双方の前衛が崩れる位置だった。

 戦況は、膠着の入口に入りつつあった。

     -

 戦闘開始から、約四時間。

 双方の艦隊が、互いに射程内で停止する位置に揃った。

 撃てば、相手も撃つ。互いに失う。

 ヴェガが本艦オルトリーヴを中央に保持していた。

 レオンの旗艦アルゲンと、ヴェガの《オルトリーヴ》は、間に他の艦影を挟んだ位置で対峙していた。

 ゼッケンドルフからの並行通信が、《アルゲン》指揮所に入った。

「クラウゼン少佐、状況は」

「双方、引くべき位置に入りました」

「だが、引けば、こちらの背中が見える」

「引きません」

「攻めるか」

「攻めれば、こちらが崩れます」

 ゼッケンドルフは、短く沈黙した。

「分かった」

「待ちます。相手の判断を」

 沈黙が続いた。

 ゼッケンドルフが、もう一度、口を開いた。

「皇女殿下に、報告するか」

 レオンの応答は、いつもの平坦さだった。

「お願いします」

 通信が、薄く切れた。

 星図の上で、双方の艦影は、まだ動かなかった。動かない、ということが、戦闘が止まっている、という意味ではなかった。動けない、ということが、互いに、向かい合った位置で、続いていた。


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