呼ばれた老兵
第七支援隊は、出撃から三日目の朝、雪線群以南、青の縁の少し向こうの宙域に到達した。
通信巡洋艦の指揮所では、レオン・クラウゼン少佐が、星図の前に立っていた。
星図の上に並ぶ赤い艦影は、推定で三十五隻。
観測網の更新は、ミリア・エーレンベルク中尉が一秒ごとに進めていた。
「敵主力、雪線群以南に展開完了」
「規模は」
「中規模艦隊として、三十五。前衛十二、本隊十五、後衛八」
「ヴェガ提督の旗艦は」
「《オルトリーヴ》、中央。本隊の中心」
「セヴリーノ大佐は」
「前衛指揮、識別艦」
レオンは星図の中の青い艦影を確認した。
第七支援隊、軍艦七隻と民間船一隻。
通信巡洋艦、駆逐艦、駆逐艦、駆逐艦、補給母艦、駆逐艦、駆逐艦、それに民間船。
数で、敵の四分の一に満たない。
レオンは配置を組み始めた。
第七支援隊は、前方寄りに置いた。後退の余地が狭い位置。補給母艦と民間船を中央、補助艦《ヴェルダ》を両翼。コア艦の《ヴァイス》《カラヴェル》《イーゼ》は、前衛から中央に置いた。
ミリアが、その配置を星図の上で確認した。
「規模で約四倍です」
「了解」
「布陣の意図は」
「いまは、保留にしてください」
ミリアは応答欄に何も書かず、観測網の更新に戻った。
レオンは星図の前で、襟を一度、指で整えた。
その動作は、いつもの整え方に戻っていた。
-
同盟軍指揮艦。
マルコ・セヴリーノ大佐は、艦橋の星図の前に立っていた。
帝国側の配置を、彼は何度か確認した。
「クラウゼン少佐、前方寄りに展開」
「後退の余地は、ありません」
「補給母艦と民間船を中央、補助艦を両翼」
「コア艦を前衛から中央」
セヴリーノは唇の端を、わずかに動かした。
「彼の艦隊は、規模で押されている」
艦橋の隅から、ヴェガ提督の通信が、薄く開いた。
「セヴリーノ大佐」
「は、提督」
「彼の布陣を、どう読む」
「読めない部分があります」
「具体的には」
「補給母艦と民間船を中央に保護するのは、いつも通りです。だが、後退の余地が狭い位置に前方寄りで展開する判断が、いつもと違います」
「狭く取った理由は」
「不明です」
短い沈黙。
「進めて構わない。前衛は教科書通りに、左右分割。本隊は中央前進」
「了解しました」
通信が薄く閉じる。
セヴリーノは、自分の艦橋に視線を戻して、命令を出した。
「前衛、左右分割。第一波、応戦距離まで」
同盟軍前衛が、左右に分かれた。
-
《アルゲン》指揮所。
「敵前衛、左右分割。第一波、応戦距離に入ります」
ミリアの声は、いつもの平坦さだった。
レオンは指示を出した。
「《ヴァイス》、前衛応戦。《カラヴェル》、《イーゼ》、両翼の応戦準備」
ハルトマン大尉の声が、《ヴァイス》から返ってきた。
「《ヴァイス》、応戦距離に進出。応射のみですか」
短い間。
レオンの声は、いつものように平坦だった。
「先端艦を沈めます」
ハルトマンが、間を置いた。
「沈めますか」
「沈めます」
「了解」
ハルトマンの応答は、いつもの通り短かった。だが、その短さの中には、確認のための一拍があった。ここまでの一連の任務で、明確に「沈めろ」という指示が出るのは初めてだった。
《ヴァイス》の主砲が、同盟軍前衛先端艦の左舷に向けて、最初の射撃を放った。閃光は短かった。先端艦の外殻が裂け、推進機の青白い噴流が乱れて、止まった。沈黙のあと、艦体は中央から崩れた。
同盟軍前衛艦が、初めて沈んだ。
《カラヴェル》と《イーゼ》も、両翼の応戦に入った。同盟軍前衛が、左右から第七支援隊の翼を圧する位置に動いてくる。応戦の射撃が、双方から交差し始めた。
ミリアの観測網が、戦闘の各局面を一秒ごとに更新していった。
-
戦闘開始から、約一時間。
第七支援隊の損害が、観測網に並び始めた。
「《カラヴェル》、右舷大破。砲塔三基喪失」
「《エルベン》、機関出力低下。中央寄りに撤退中」
「《ヴァイス》、被弾五。戦死二、軽傷六」
「《イーゼ》、被弾三。戦死一、軽傷四」
民間船からも、ノア・カザンの声が入った。
「《リベルテ》、外殻に穴。補強する間もないが、まだ動ける」
レオンは指示を出した。
「《リベルテ》、《エルベ》の影に下げてください」
「了解」
戦況は、これまでの一連の任務とは違っていた。
応射のみ、機関停止狙い、距離維持、では持たない。同盟軍前衛の機動が、第七支援隊の両翼を圧し、中央本隊の前進も止まらない。第七支援隊の艦は、被弾と応戦の連続で、損害を蓄積し始めた。
戦死者が出ていた。
「敵主力、中央前進継続。挟まれます」
ミリアの声には、初めて、薄い緊張の色があった。
レオンは星図を見ていた。
彼の襟が、一度、わずかに動いた。
ミリアは、その動作を、視界の端で見た。
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戦闘開始から、約二時間。
ミリアの観測網が、戦域の南東方向に、新しい艦影を捉えた。
「艦影、確認。規模、中規模」
ミリアの指が、観測網の表示を切り替えた。
数秒の解析の後、識別が出た。
彼女の声が、わずかに上がった。
「帝国軍。戦艦、巡洋艦四、駆逐艦十二、補給艦二」
「指揮は」
ミリアの応答は、短く、はっきりしていた。
「オットー・フォン・ゼッケンドルフ大将」
通信卓が、向こう側から開いた。
低い声、整っている。査問の証言席で、肩に包帯を巻いて録画に応じていた時と、ほぼ同じ響きだった。
「クラウゼン少佐、お力添えに参った」
レオンは星図の前で、姿勢を変えなかった。
「お待ちしておりました」
ハルトマンの《ヴァイス》からも、応答が返ってきた。
「ゼッケンドルフ閣下」
「ハルトマン大尉。生きていてくれて、結構」
「閣下も」
短いやり取りのあと、ゼッケンドルフの艦隊が、戦域の側面に展開を開始した。
配置は、同盟軍中規模艦隊の側面、ヴェガの中央本隊の補給線の手前。
戦艦を中央に、巡洋艦四隻を前衛、駆逐艦十二隻を扇形に展開する。中規模艦隊の標準的な機動。だが、進入のタイミングは、同盟軍が中央前進を加速させた直後だった。
ミリアは、星図の上で、ゼッケンドルフ艦隊の配置が、レオンの第七支援隊の「前方寄り、後退余地の狭い」配置の、ちょうど死角を埋める位置にあることに、初めて気づいた。
彼女は、レオンの方を見なかった。
配置の意味は、もう、星図の上に書かれていた。
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同盟軍指揮艦。
セヴリーノは艦橋の中央で、星図の上の青い艦影が、もう一つの中規模艦隊として現れているのを見ていた。
「敵、増援。中規模艦隊、側面進入」
副官の声は、緊張していた。
「規模は」
「巡洋艦四、駆逐艦十二、戦艦一」
「指揮は」
短い間。
「ゼッケンドルフ大将」
艦橋の隅から、ヴェガ提督の通信が、薄く開いた。
ヴェガの声は、いつもの整い方だった。だが、その整い方の下に、一瞬、目を細めたような響きがあった。
「ゼッケンドルフか」
「は」
「読まれていたのか」
「ご明察と存じます」
ヴェガは、短く沈黙した。
「クラウゼンの『見えない動き』、それを察知できなかった」
「は」
「私の艦隊は、彼の艦隊が見えていた。だが、見えていない艦隊までは、読めなかった」
ヴェガの声は、感心の色を含んでいた。皮肉ではなく、敵将への評価の色だった。
「機動、全艦、中央寄りに。ゼッケンドルフ艦隊との距離を、保て」
「了解しました」
「左右を犠牲にしない。中央を保つ」
「了解」
同盟軍の機動が、中央寄りに変わった。
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ゼッケンドルフ艦隊と第七支援隊の連携指揮が、戦域の中で形を取り始めた。
ゼッケンドルフが現場指揮、レオンが全体運用。第七支援隊は中央を支え、ゼッケンドルフ艦隊が同盟軍中規模艦隊の側面を圧する。
戦況は、転換し始めていた。だが、決定的な勝利には至らなかった。
双方の損害が、増えていた。
「ゼッケンドルフ艦隊、駆逐艦三隻、大破」
「同盟軍、駆逐艦三隻、沈没」
「《ヴァイス》、被弾八。戦死四、軽傷十二」
「《イーゼ》、機関停止。乗員救助、開始」
ハルトマンの《ヴァイス》から、応答が返ってきた。
「《ヴァイス》、まだ動けます」
「了解」
レオンは星図を見ていた。
双方の艦隊が、互いに「攻めれば崩れる」位置に揃い始めていた。同盟軍前衛は、ゼッケンドルフ艦隊の圧に押されて、本隊との距離を保てない位置に追い込まれていた。だが、本隊が中央を保つ判断を下したため、前衛は深追いされず、本隊との連携を維持していた。
第七支援隊とゼッケンドルフ艦隊も、損害が蓄積していた。これ以上、前進すれば、双方の前衛が崩れる位置だった。
戦況は、膠着の入口に入りつつあった。
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戦闘開始から、約四時間。
双方の艦隊が、互いに射程内で停止する位置に揃った。
撃てば、相手も撃つ。互いに失う。
ヴェガが本艦を中央に保持していた。
レオンの旗艦と、ヴェガの《オルトリーヴ》は、間に他の艦影を挟んだ位置で対峙していた。
ゼッケンドルフからの並行通信が、《アルゲン》指揮所に入った。
「クラウゼン少佐、状況は」
「双方、引くべき位置に入りました」
「だが、引けば、こちらの背中が見える」
「引きません」
「攻めるか」
「攻めれば、こちらが崩れます」
ゼッケンドルフは、短く沈黙した。
「分かった」
「待ちます。相手の判断を」
沈黙が続いた。
ゼッケンドルフが、もう一度、口を開いた。
「皇女殿下に、報告するか」
レオンの応答は、いつもの平坦さだった。
「お願いします」
通信が、薄く切れた。
星図の上で、双方の艦影は、まだ動かなかった。動かない、ということが、戦闘が止まっている、という意味ではなかった。動けない、ということが、互いに、向かい合った位置で、続いていた。




