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銀河帝国の敗戦処理官、撤退命令だけで三万人を救う  作者: 鷹山
第二部 名のない戦場たち
33/53

二つの戦場

 補給航路は、二つに分けた。

 主航路は、第七支援隊本隊と軍補給船二隻が、目立つ位置で進む。同盟軍前衛は、補給船団が来ることを知っている。航路の中盤で待ち伏せる構えを取っていた。その待ち伏せに、こちらの主力を見せる。

 副航路は、民間徴用船三隻が、観測網に乗らない迂回経路で進む。

 迂回経路の元になったのは、ノア・カザンが氷晶宙域北側の救出時に提供した、軍用観測網に乗らない経路の知識だった。ミリアが、その情報を整理して、リンザル方面の地形と粒子流データに重ねていた。

 ノアは今回は契約外だった。《リベルテ》の修理代の本格交渉が、外務省と監察局のあいだで進行中で、軍指揮下への一時編入は手続き上、宙に浮いていた。

 だが、ノアが残した航路情報は、ノアが不在でも、地図の上で動いた。

「副航路、ノアが残した航路情報を適用しました」

 ミリアが言った。

「経路、確認しました」

「同盟軍前衛から、副航路は見えますか」

「観測網には乗らない経路です。粒子流の影と、廃止された鉱山航路の残骸帯を組み合わせています」

「了解」

 レオンは通信卓に指示を出した。

「主航路、《アルゲン》《ヴァイス》《エルベン》《ヴェルダ》。前衛は《ヴァイス》。応射のみ、距離維持」

 ハルトマンの《ヴァイス》から、応答が返ってきた。

「《ヴァイス》、配置完了。応射のみ、距離維持。了解」

「《カラヴェル》、副航路待機。民間徴用船三隻、護衛」

「《カラヴェル》、了解しました」

「《エルベ》、主航路中央。軍補給船二隻、随伴」

「《エルベ》、了解」

 星図の上で、艦影が二つの航路に分かれていった。

 主航路は、補給線に対して標準的な防衛位置を取った。同盟軍前衛は、その配置を確認したらしかった。観測艦の動きが、こちらの艦影の方に集中している。

 副航路は、星図の中で薄い灰色の帯の中に入っていった。粒子流の影、軍用観測網の外側。同盟軍観測艦のセンサーは、その方向には向いていなかった。

 レオンはその二つの航路を、《アルゲン》指揮所の星図の上で並べて見ていた。

「読まれていますが、二つあることは、読まれていません」

 彼はそれだけ言った。

 ミリアは応えなかった。代わりに、副航路の進度を更新する手を続けていた。

     -

 主航路の途中で、同盟軍前衛との接触があった。

 観測艦と武装艦が、補給船団の進路を切る位置に出てきた。砲戦の距離まではまだ間があるが、こちらの応答を試す動きだった。

 ハルトマンの《ヴァイス》が、応射のみで対応した。《エルベン》《ヴェルダ》は《エルベ》の側面を維持していた。

 レオンは砲戦の規模を最小限に抑えた。沈める指示は出さなかった。応射の弾数も限定した。

 接触は短かった。同盟軍は深追いをしなかった。包囲の構えを取ろうとしたが、こちらの主航路の防衛が薄くないことを確認したらしく、距離を取った。

 副航路の方は、まだ、観測されていなかった。

 順調に進んでいた、その時、軍務省から追加の内線が入った。

 ヘルダー大佐だった。

「クラウゼン少佐」

「は」

「補給対象から、民間徴用船を外してください」

 レオンは通信卓の前で、星図の副航路の点を見ていた。

「理由は」

「命令です。理由は、軍務省内の判断によります」

「民間徴用船には、リンザル人員の家族が乗っています」

「承知しています」

「順番は、変更しません」

 通信の向こうで、短い間があった。

「クラウゼン少佐。それは越権です。命令違反として記録します」

「権限範囲を確認します」

「確認の結果は」

「補給線維持に関する現場判断は、第七支援隊指揮官にあります。退避対象の選別を、出発後の通信で変更する権限は、軍務省内、ヘルダー大佐に明記された通達は確認していません」

「文面で送付します」

「了解しました。受領後、改めて確認します」

 通信が切れた。

 ミリアが、副航路の点を端末で更新する手を一瞬止めた。それから、また続けた。

 別の通信が、次に入った。グライフだった。

「ヘルダーは、記録を取っている。お前の応答は全部、聴聞で使われる」

「事実を答えます」

「事実は、お前を守らない。整え方によっては、不利になる」

「整え方は、監察局でお願いします」

「整える」

 グライフが短く息を吐いた。

「ベルン少将に、話を通したか」

「これからです」

「ベルンは、雪線の話で、自分を責めている。お前の今の動き方を、支える気がある」

「ありがたい話です」

「ありがたいと思え。あの男の証言は、聴聞で重い」

 通信が切れた。

 レオンはリンザル前進基地への並行通信を開いた。

     -

「ベルン少将」

「クラウゼン少佐」

「軍務省から、民間徴用船を補給対象から外せ、という命令が入りました」

「理由は」

「明示されません」

「あなたの判断は」

「順番は変更しません」

「結構です」

 短い間。

 ベルンの声は、いつもの通り、低く落ち着いていた。だが、その落ち着きの下に、何かが薄く乗っていた。

「クラウゼン少佐」

「は」

「あの時、私が言えなかったことが、いま、あなたを脅かしている」

 レオンは星図の前で、姿勢を変えなかった。

「ご明察、というには、まだ早いかと思います」

「いや、明察ではない。事実だ」

 ベルンは続けた。

「雪線の時、私は撤退を口にできなかった。あなたが命令の届く順番を変えて、現場を動かしてくれた。あの時、私が自分の口で撤退を言っていたら、お前の手は使わずに済んだ。お前の判断は、たぶん、いまほど読まれていない」

「過去の判断は、今の状況を作りますが、今の判断は、過去の判断ではありません」

「分かっている」

「閣下のご責任ではありません」

「それでも、すまない、と言わせてください」

 レオンは星図の上の青の縁を、しばらく見ていた。

「閣下」

「は」

「謝罪は、聴聞では、私の方の不利になります」

「分かっている。だから、いま、ここで言わせてもらう。聴聞には届かない」

 レオンはそれ以上、応えなかった。

 ベルンの通信は、短く切れた。

 その時、ミリアが指揮所の方で言った。

「副航路、進捗八割。順調です」

     -

 副航路で、民間徴用船の一隻が、機関温度低下で遅れた。

 粒子流の濃密帯に長く入ったために、機関の出力が落ちていた。

 レオンは通信卓に短く指示を出した。

「《カラヴェル》、副航路の遅延船を曳航。短時間で戻ります」

「《カラヴェル》、了解しました」

 主航路の防衛は、《アルゲン》《ヴァイス》《エルベン》《ヴェルダ》で維持された。

 《カラヴェル》は副航路に短時間離脱して、遅延船を曳航位置に入れた。粒子流の影の中で、推進機関の温度を回復させる。十二分間の作業の後、《カラヴェル》は主航路に戻った。

 副航路、無事通過。

 民間徴用船三隻は、リンザル前進基地の後方退避ドックに着いた。家族の搬送が完了した。

 主航路の軍補給船二隻は、リンザル本体の補給庫へ。補給線維持、成功。

 第七支援隊損害、軽傷三名のみ。戦死なし。

 同盟軍前衛は、補給完了を確認した後、距離を取って撤退した。

     -

 ベルンとの別れ際の対話は、短かった。

 リンザル前進基地の指揮室で、ベルンはレオンに、新しい紙のメモを一枚、渡した。

「次は、私の方から、報告書を書きます」

「ありがとうございます」

「あなたが守りたいと言っているものは、守るに値する」

「私が守りたいと言ったわけではありません」

 レオンは短く返した。

「リンザルの人員が、まだ生きているからです」

 ベルンは、少しだけ笑った。皺の浅い笑いだった。

「やはり、変わらない」

「変える理由がありません」

「結構」

 ベルンは指揮室の窓の外を見た。窓の外には、星海の暗がりと、薄い小惑星の灯りがあった。

「クラウゼン少佐」

「は」

「聴聞で何かあれば、必要な時に呼んでくれ。文書でも、現場でも、出る」

「了解しました」

 ベルンは敬礼を返した。レオンも敬礼を返した。

 《アルゲン》は外接岸を離れて、帰投航路に乗った。

     -

 帝都郊外、第十七司令施設。

 帰投の翌朝、レオンは執務机の前にいた。

 ミリアが報告書草案を提出欄に移したところだった。タイトルは「リンザル前進基地補給支援作戦」と書かれている。

 末尾の追記。

 ── 補給対象に民間徴用船三隻を含む。軍務省内の通信で対象除外指示あり。現場判断として継続。命令違反の指摘を受領済み。文書回答予定。

 ミリアはその一行を二度読んでから、提出欄に送信した。

 通信卓が、グライフ大佐からの内線を告げた。

「お前の文書回答、こっちで先に見せろ、と言った」

「了解しました」

「ヘルダーは、お前の応答を全部記録している。聴聞は十日後、文書回答も並行で受け付けるそうだ」

「文書で答えます」

 通信の向こうで、グライフは短く笑った。皮肉ではなく、ただの笑いだった。

「お前らしい」

「他に書きようがありません」

「整えろ。お前の文面は、整わないと刺さらない」

「監察局でお願いします」

 通信が切れた。

 ミリアは通信卓の前で、分散観測網の最新の表示を進めていた。

 北方戦域の星図の中で、彼女の指が、一つの点で止まった。

「少佐」

「は」

「ヴェガ提督の旗艦オルトリーヴが、北方の前線寄りに動いています」

 レオンは星図の方を見た。

「いつから」

「過去三日、徐々に。最終位置はまだ分かりません」

「規模は」

「《オルトリーヴ》本艦のみ、確認できています。本隊の動きは、まだです」

 星図の上で、雪線群以南の青の縁、その向こうに、薄い赤の点が、ゆっくりと近づいていた。

 レオンは執務机の引き出しを、開けはしなかった。代わりに、内ポケットの紙の角に、指を一度だけ触れた。

 古い損耗予測表。子供の字の手紙。ヤン・コルベの配線図。三枚は、いつもの順番に、いつもの位置にあった。

「応答があるところから」

 彼はそれだけ言って、星図の前から、椅子に戻った。

 ミリアは小さくうなずいて、観測網の表示を進めていった。


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