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銀河帝国の敗戦処理官、撤退命令だけで三万人を救う  作者: 鷹山
第二部 名のない戦場たち
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撃ち方を選ぶ男

 退避シーケンスは、レオンが組んだ順番通りに動いていた。

 最初に出るのは、移動可能な医療要員のうち、若手の看護技師と通信士官の補佐職員。輸送船三隻に分乗。

 次が、長期療養患者のうち、移送可能な者。輸送船二隻に分乗。

 次が、医療要員の中堅。

 最後に、コア艦隊と《エルベ》、それから残置二十名を除く全員。

 ミリアは並行して、基地内通信の中継先を切り替えていった。基地そのものの通信機能は段階的に縮小し、出口側の補給線の通信中継器に接続を移していく。

 最初の十二時間で、千百名が出た。次の八時間で、千二百名が続いた。残り四時間。

 その時、ミリアの分散観測網が、同盟軍前衛の進入序列に変化を捉えた。

「敵前衛、密集隊形に切り替え」

「規模は」

「先端艦三隻、本隊艦十五隻、後衛六隻」

「隊形」

「楔形です」

 星図の上で、敵の艦影が、長く尖った三角形に並び始めていた。

 レオンは星図の前から動かなかった。彼は通信卓に短く指示を出した。

「《ヴァイス》、《イーゼ》、進出位置へ。《アルゲン》は通信攻撃準備。《エルベ》は《エルベン》《ヴェルダ》の護衛下、出口側で待機」

「了解」

「《ヴァイス》、応答」

 通信回線が開いた。

「《ヴァイス》、配置完了します」

「先端だけです」

「は」

「楔の先端三隻。本隊と後衛は撃ちません」

「了解」

 通信は一度切れた。

 星図の上で、《ヴァイス》と《イーゼ》が、敵楔形の先端方向へ機動を開始していた。

     -

 敵楔形の先端艦が、ザールクヴェル中継基地正面の防衛圏内に入った時、レオンは通信卓に短く言った。

「砲術長へ」

「は」

「機関のみ。装甲ではなく、機関へ」

「了解」

「沈めません」

「了解しました」

 《イーゼ》の主砲が、先端艦一番の機関部に向けて、最初の射撃を放った。

 艦砲の閃光は短かった。先端艦の機関部の外殻が破れ、推進機の青白い噴流が一度、不規則に揺れて、消えた。機関停止。装甲そのものは大半が残っている。中の乗員も、おそらく多くが無事だった。

 《ヴァイス》は、先端艦二番の進路を切る位置に入った。

「《ヴァイス》、先端艦二番、進路を切ります」

 ハルトマン大尉の声は、いつも通り平坦だった。

「沈めますか」

「機関停止です」

「了解」

 《ヴァイス》の主砲が、先端艦二番の機関部に放たれた。先端艦二番は、軌道修正を試みたが、間に合わなかった。機関の片側が停止し、機体が緩やかに回り始めた。

 先端艦三番は、その時点で後退を始めていた。

 楔形の頭は、二隻が機関停止、一隻が後退。本隊は、楔の頭を失った。

 《アルゲン》の通信卓では、ミリアが敵本隊の内部通信を傍受していた。短く整理して、レオンに伝える。

「敵本隊、楔形維持不可。再集結に移行」

「再集結時間は」

「最短八時間」

「退避完了予測は」

「三時間後」

 レオンは星図の数字を見た。数字の差は、再集結より退避完了の方が早い。

「《イーゼ》、被弾報告」

 通信卓が告げた。

「《イーゼ》、右舷砲塔損傷、機関出力低下、戦死四、行方不明一、軽傷十五」

「《ヴァイス》へ。《イーゼ》を出口側へ曳航してください」

「《ヴァイス》より応答。曳航準備、十分後」

 《イーゼ》の砲塔から、白い噴煙が一筋、宙に流れていた。ハルトマンの《ヴァイス》は、《イーゼ》の側面に接近し、ゆっくりと曳航位置に入っていく。

 星図の上で、敵本隊の艦影が、楔形を維持できないまま、薄い円形に広がり始めていた。再集結のための隊形だった。

 その間に、退避輸送船の最後の便が、中継基地から離脱していった。

     -

 同盟軍指揮艦マリスタ

 セヴリーノは、艦橋の星図の上で、楔の頭が二つ、青白い識別灯を点滅させているのを見ていた。機関停止艦の識別だった。

「楔の頭を、撃たれた」

「沈められていません」

「沈められていません、ですね」

 副官の言葉に、セヴリーノは少しだけ首を振った。

「沈めない方が、面倒だ」

「は」

「沈めれば、こちらは沈める用意で当たれる。沈めなければ、こちらは追えない。機関停止艦は、回収しなければならない」

「再集結の見込みは」

「八時間。退避完了は、こちらの観測でも三時間後」

 セヴリーノは星図に視線を留めたまま、しばらく動かなかった。それから、副官に言った。

「主力、再集結。中継基地への直接攻撃は中止」

「了解しました」

「機関停止艦の回収を優先。乗員救助、最優先」

「了解」

 彼は星図の前から離れ、艦橋の隅の通信卓に近づいた。

 投降勧告の文面はまだ送信履歴に残っていた。彼はそれを開いて、もう一度読んだ。

 それから、自分の指揮日誌に、短い一文を書き加えた。

 ── 撃つ局面でも、撃ち方を選ぶ男だ。

     -

 ザールクヴェル中継基地、医療区。

 退避は最終段階に入っていた。残置二十名は、医療区の奥の長期療養床にいた。エリナはその傍に座っていた。

 クラリッサからの中立通信路経由の応答が、ミリアの端末に届いていた。

 ── 同盟軍北方戦域、医療要員の保護を確認。基地占拠後、捕虜交換対象として扱う。

 ミリアは応答内容を整理して、エリナに渡した。

「二十名分の名簿を、敵側にも渡してください」

 エリナは言った。

「外務省、監察局、中立通信路の共同記録庫、三か所に同一写しを残します」

 ミリアは応えた。

「保管期間は」

「無期限です。記録は消えません」

「結構です」

 エリナは紙の名簿を、ミリアの端末の傍に置いた。手書きの字は、その時もまだ整っていた。

 長期療養床の中で、若い医療技師が、ベッドの上から声を発した。声は弱いが、はっきりしていた。

「先生」

 エリナは応じた。

「はい」

「先生も、行ってください」

「迎えに来ます」

「来なくていいです」

 技師は短く息を継いだ。

「次の方の世話を」

 エリナは応じなかった。

 彼女は、技師の手の傍に、自分の手を一度置いた。それから、手を引いて、立ち上がった。

 医療区の入り口で、彼女はミリアと、もう一度顔を合わせた。

「名簿を、お願いします」

「はい」

「迎えに、来てください」

「来ます」

 ミリアの声は、平坦だった。

 エリナは医療区を出て、退避用の連絡艇に向かった。

 その姿を、レオンが指揮所の方の通路から見ていた。彼は何も言わなかった。ただ、軍服の襟を一度、指で整えた。

     -

 退避完了。

 通信士官、千百八十名(残り二十名は遅延者、次便で確保予定)。

 医療要員、千五百八十名(残置二十名)。

 第七支援隊損害、駆逐艦イーゼ中破。戦死四名、行方不明一名、軽傷十五名。

 同盟軍機関停止艦、二隻。沈没艦、確認されず。

 ミリアの報告書草案は、前回エルツバッハのときと同じ事務的なタイトルで始まっていた。

 ── ザールクヴェル中継基地補給支援作戦。

 その下に、もう一行だけ追記がついていた。

 ── 残置医療要員二十名、外務省・同盟軍共同管理下、捕虜交換待機。

 レオンは草案を確認して、そのまま提出欄に移した。

 ミリアが、もう一行、自分の手で書き加えた。

 ── 名簿、共同記録庫に保管済。

 彼女は提出欄に送信した。

 帰投航路に乗ってから、グライフ大佐から内線が入った。

「《イーゼ》が中破した。修理に二週間」

「了解しました」

「『戦意がないからだ』という声は、これで少し静かになるか」

「沈めていません」

「分かっている。だが、貴族院は数字を見る」

 通信の向こうで、グライフは短く息を吐いた。

「機関停止は『撃った』と数えていいんだぞ」

「事実は、機関停止です」

 グライフは少し笑ったらしかった。声に、いつもの皮肉の色が戻っていた。

「お前は、本当に、そう答えるな」

「他に答え方がありません」

「いつものか」

「いつもの、です」

 通信が切れた。

     -

 同盟軍旗艦オルトリーヴ

 アレクサンドル・ヴェガは、セヴリーノからの報告書を、私室の机の上で読んでいた。

 報告書は薄かった。楔形突入の各段階。先端艦三隻のうち二隻が機関停止、一隻が後退。本隊は再集結のために展開を解いた。中継基地への直接攻撃は中止。乗員救助、回収艦の派遣完了。

 最後のページに、セヴリーノの指揮日誌の一行が、写しとして添えられていた。

 ── 撃つ局面でも、撃ち方を選ぶ男だ。

 ヴェガは、その一行を指で押さえた。しばらく動かなかった。

 それから、報告書を閉じる前に、自分の指揮日誌を開いて、その下に短く書いた。

 ── クラウゼンには、教科書がない。

 彼は副官を呼ばずに、ひとり言のように呟いた。

「次は、もう少し気を入れる必要がある、と言ったのは私だが」

 星図の中の、機関停止艦の青白い識別灯は、回収のために、ゆっくりと近づく自軍艦の灯と並んでいた。

「彼の方が、私より先に手を変えてくる」

     -

 帝都郊外、第十七司令施設。

 第七支援隊が帰投した翌朝、レオンは執務机の前で、新しい通達を読んでいた。

 差出人は、軍務省北方戦域監察局。

 報告内容は、氷晶宙域の北側からの民間救難信号。氷晶回廊の撤退以降、長く応答のなかった船団のうちの一群から、信号が再活性化したという報告。詳細はミリアが整理中。

 ミリアが通信卓の前で、その船団の旧名簿を端末に並べていた。査問の終わりに見た、大議場の星図の隅に点滅していた赤い点のうちのいくつかと、座標が重なっていた。

「応答があるところから」

 レオンはそれだけ言って、通達を畳んだ。

 ミリアは端末を更新する手を止めずに、応えた。

「はい」

 窓の外、帝都の朝はまだ薄暗かった。

 第七支援隊は、その点に向かって、また動き出すところだった。


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