表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河帝国の敗戦処理官、撤退命令だけで三万人を救う  作者: 鷹山
第二部 名のない戦場たち
26/53

動かない船団

 同盟軍指揮艦マリスタ

 マルコ・セヴリーノ大佐は、若い指揮官だった。三十代半ば、士官学校では機動戦術の上位卒、ヴェガ提督直属での実戦は三年目に入る。

 艦橋では、左右の機動序列が、星図の上で滑らかに動いていた。

「右翼、二十二時間で包囲位置」

「左翼、二十時間で包囲位置」

「中央本隊、出口側展開、二十四時間で完了」

「予定通り」

 セヴリーノはうなずいた。

 《エルツバッハ》宙域に、帝国側の防衛は薄かった。星図の出口手前に、巡洋艦一隻と駆逐艦三隻、それに後ろに数隻の補助艦が控えている程度。コア部隊は確認できたが、規模が小さい。補給母艦の存在は確認した。これは、引き上げ作業を支援するためのものと判断できる。

「クラウゼン少佐の艦隊か」

 彼は副官に確かめた。

「はい。第七支援隊。北方戦線撤収・補給再編特別監察官代理の直轄部隊です」

「規模は」

「実動八隻、と思われます」

 セヴリーノは唇の端を動かした。

「八隻で、何をするつもりだ」

 副官は答えなかった。

「時間稼ぎだろう」

 セヴリーノは星図を見て続けた。

「《エルツバッハ》の引き上げ作業は、現場申告で百二十時間。我々の包囲完成は、二十四時間。船団は、約九十時間以内に出口を抜けねばならない」

「百二十から九十を引きますと、三十時間の不足です」

「クラウゼンは、その三十時間を稼ぐつもりだ」

 セヴリーノは少しの間、星図を見ていた。

 彼はヴェガ提督から、ひと言の命令を受けて出てきていた。

 ── クラウゼンを観察し、可能なら船団を取れ。

 「観察」は、命令の前半である。「取れ」は、命令の後半である。

 セヴリーノは前半を、自分の流儀でこなすつもりでいた。教科書通りの包囲を組み、教科書通りに圧する。クラウゼンが教科書通りに時間を稼ぐ。観察するならば、教科書を並べた状態で観察する方が早い。

「包囲、予定通り。両翼の機動経路、変更なし」

「了解」

 艦橋の中で、命令はそのまま流れていった。

     -

 《エルツバッハ》表面、引き上げ作業区。

 搬出は順調に進んでいた。最初の二十四時間で、技術者の家族の三千四百名と、初期搬送可能な熟練工の三千名が、輸送船団に乗船した。続く二十四時間で、設備の梱包・連結作業が進行している。

 ミリアの分散観測網は、同盟軍の機動を一秒ごとに更新していた。本隊は予定通りに進み、両翼は予定通りに広がっている。

 《アルゲン》指揮所では、レオンが星図の前で時間表を確認していた。

 四十八時間経過。搬出進度、四十パーセント。同盟軍包囲完成まで、残り四十八時間。

 ハルトマンの《ヴァイス》から、応射の報告が短く入った。

「敵前衛、軽接触。応射、距離維持」

「了解」

「沈めなくていいんですね」

「はい。距離維持です」

「了解しました」

 ハルトマンは余計なことを言わなかった。

 軽接触は何度か続いた。前衛の探りに対して、こちらは応射するが追わない。距離を縮めない。撃ち落とせる位置に来た艦も、しばらく見送る。

 《ヴァイス》の砲手たちは、もどかしい思いをしているかもしれなかった。だが、ハルトマンが余計を言わない以上、それは砲手たちの中で収まる範囲だった。

 ミリアが、傍受していた同盟軍内通信から、一文を訳して伝えた。

「敵指揮所、命令確認。『予定通り。挟む』」

「読みます」

「妨害は」

「しません」

 ミリアは小さくうなずいた。

 彼女は、雪線時から学んだことを応用していた。

 ── 内容を読ませず、存在は読ませる。

 ただし今回は、内容を「読みつつ、見せない」。同盟軍はこちらの応答が薄いのを「時間稼ぎの典型」と読む。読まれて構わない。

 時間は、変わらない速度で過ぎた。

     -

 七十二時間経過。搬出進度、六十五パーセント。同盟軍包囲完成まで、残り二十時間。

 ミリアの観測網が、右翼の動きに小さな揺れを捉えた。

「敵右翼、減速」

「経路の理由は」

「観測ブイ群と機雷散布残骸の位置に入りました」

「いつ置かれたものですか」

「二か月前、北黒嶺方面で実施された補給線確保作戦の名残です。記録上は撤収扱いですが、実物は宙域に残っています」

「そうですか」

 レオンは星図を見ていた。

 右翼の機動経路上の淡い色の点が、機動序列の真ん中を横切っていた。通り抜けには、減速が必要になる。機雷除去は記録上完了しているが、残骸の中には不発のものが含まれている可能性があり、同盟軍はそれを「あり得る」と判断するだろう。完全に通過するには、再除去か、減速して回避するかになる。

 包囲完成は、その分遅れる。予測では、四時間半。

「左翼は」

「左翼の進行先には、雪線時にアステル系列センサーが観測した粒子流の濃密帯があります。最近、再活性化しています」

「濃密帯に入ると」

「通信が乱れます。本隊との連携が分断されます」

「分断時間は」

「最大三時間、回避すれば六時間追加」

 レオンは星図の点を二つ、視線で結んだ。

 右翼は四時間半遅れる。左翼は分断されるか、回避で六時間遅れる。どちらの選択をしても、同盟軍が出口を挟む位置に揃うのは、引き上げ完了より後になる。

 彼は腕を組まなかった。ただ、星図の前で、しばらく動かなかった。

     -

 同盟軍指揮艦マリスタ

 艦橋の星図の上で、右翼の点列が止まっていた。

「右翼、機動停止。観測ブイ群および機雷散布残骸を確認」

「記録は」

「北黒嶺方面、二か月前の作戦記録。撤収扱いですが、実物は残置」

「除去できるか」

「八時間。減速で回避するなら、四時間追加」

 セヴリーノは星図に目を落とした。

 四時間半。その遅れは、致命的ではなかった。だが、左翼の状況を確認しなければ判断できない。

「左翼、状況」

「進行先に低温粒子流の濃密帯。現在再活性化中」

「迂回」

「迂回すれば六時間追加。突入すれば本隊との通信が乱れます」

 セヴリーノは唇を引き締めた。

 右翼に四時間半。左翼に六時間。両方を足せば、包囲完成は十時間以上遅れる。完成位置に揃わない場合、こちらの「挟む」が成立しない。挟まれない船団は、出口を抜ける。

 搬出進度は、こちらの観測でも六十パーセントを越えている。

「クラウゼンは、時間を稼いでいるだけだろう」

 副官は無言だった。

 セヴリーノは星図を見たまま、声を落とした。

「だが、なぜ我々がこの経路を選ぶと、彼は知っていた」

 副官が答えた。

「教科書通りの経路を選んだのは、我々です」

「教科書を読んでいるのは、こちらだけではない、と」

「そのようです」

 セヴリーノは星図の中の青と赤を交互に見た。

 残骸の中を通すか、別経路に切り替えるか。別経路への切り替えは、本隊の再集結を必要とする。再集結には十時間。搬出完了は、こちらの予測で十八時間後。十八時間後には、船団は出口に達している。包囲は不成立になる。

「正面突破に切り替える」

「再集結十時間、突破後の戦闘は」

「短くなる。船団は半分以上、出口を抜けている」

「割に合いません」

 副官が言った。

 セヴリーノは少し沈黙した。

 彼は艦橋の隅に置かれた、ヴェガ提督からの命令書の写しを思い出していた。

 ── 観察し、可能なら取れ。

 可能なら、である。不可能であれば、観察を持ち帰る。

 彼は短く息を吐いた。

「主力、再集結。包囲機動、解除」

「了解」

「観察を持ち帰る」

「は」

「観察を持ち帰る、と言った」

 艦橋の中で、命令が静かに流れていった。

 星図の上で、両翼の点列が、ゆっくりと中央に戻り始める。

 セヴリーノは、星図のもう一点を見ていた。

 帝国側のコア部隊の位置である。動いていない。最初から、動いていなかった。ただそこに立っているように、配置を保ったまま、こちらの両翼を見送ろうとしている。

「時間稼ぎではないのか」

 彼は誰にも聞こえない声で言った。その問いには、艦橋の誰も答えなかった。

     -

 《アルゲン》指揮所。

 ミリアが観測網の更新を読み上げた。

「敵主力、後退開始。包囲機動、解除されました」

 通信士たちが、互いに視線を交わした。レオンは星図の前で姿勢を変えなかった。

「追わない。出口確保継続」

「了解」

「ハルトマン大尉に伝達。砲戦終了、距離維持のまま帰投準備」

「《ヴァイス》より応答。『砲戦終了、距離維持、了解』」

 ハルトマンの声は、依然として平坦だった。

 搬出は止まらない。現場では、残りの設備の梱包が続いていた。ヘフナーの計算通り、最も難しい四基のデータ保全用の温度管理区画への移送が、《エルベ》の第三区画で進められている。

 ミリアが小さく言った。

「敵は、わざと撃ち合いを引き伸ばすこともできました」

「できました」

「しなかった」

「彼は教科書通りの指揮官です」

 レオンは星図に視線を戻した。

「教科書通りに、退き時を読みました」

「無能ではない」

「無能ではありません」

 ミリアはそれ以上聞かなかった。代わりに、観測網の点をひとつずつ、ゆっくりと確認していった。


続きが気になると思っていただけたら、☆☆☆☆☆で評価いただけますと幸いです。

ブックマークや感想などもいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ